経過のまとめ、レヴィナスの責任論−「存在の彼方へ」を読んでみる14/もぐもぐ
 
と)』を『言う』」という日常的な事柄と絡めてそれを解釈してみた。

ただ、この節の前半部については、<語ること>と<語られたこと>という概念規定の内容、またそれが出てくる必然性が、正直なところ十分につかみきれていないので、これらは何れも単なる試論の域を出ない。
今のところは、むしろ、哲学本来の文脈にそって、「思考主体」の成立(「時間と認識−『存在の彼方へ』を読んでみる13(2)」参照)と絡めて考えなければ、この部分の内容を理解するのは困難かもしれない、と思っている。
いずれにせよ言語の問題が絡むのでかなり難解な部分と思われる。

この節の前半〜中間部においては、語ることが語られたことに
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