喪失としての時間−「存在の彼方へ」を読んでみる13/もぐもぐ
 
いうものの定義である。

したがって、実在=言語、即ち「現前」可能なものである「歴史」に対して、「時間」は、実在しない、不在のものであり、「〜である」という「言語」によっては語ることのできない、「空虚な記号」としてしか現れず、即ち「痕跡」という形でしか私たちはそれを見つけることが出来ない。

かなりややこしい事態だが、このややこしさはレヴィナス自身も重々承知している。以前の節(第3節、「<語ること>と<語られたこと>」)に於いて既にその困難を繰り返し指摘していた。
例えば、「・・・「存在するとは別の仕方で」は、私たちの面前に翻訳されるや否や、語られたことのうちで裏切られてしまう。「存在す
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