不安定な安定?ユーリさんの朗読について/渡邉建志
 
はあわせるためにあるのではなく、はずすためにあるのだと思う。いかにメトロノームから外れて演奏しまたメトロノームに戻っていくのか、その微妙で絶妙な人間的リズムの訓練のためにあるのであって、決して機械的正確なリズムを刻めるようになるためではないはずだ。ハノンとツェルニーを除く。しかしハノンツェルニーやってるだけでいい音楽がつくれるわけがないのは当然)を刻んでしまうのと好対照を描く。メタレベルへのあり方としてもうひとつの方法論に演劇的な場所に自分をおく方法はある。これはあるいみセルフプロデュースであるが、これはたいていかっこ悪いのでおすすめできない。ユーリさんの特別なところは、セルフプロデューサーたちが
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