「存在の彼方へ」を読んでみる/もぐもぐ
 
、存在しないこと(not to be)と死は、ほぼイコールで論じられているように思われ、「存在すること」とか、或いは後に出てくる「内存在性」といった言葉は、哲学徒でない者が読む場合には、「生きること」という言葉に置き換えて考えても良いのではないかと私は勝手に思っている。読みにくい場合には適宜置き換えてみて欲しい)。また、引用部分以外にも、どのような論理的つながりにあるのかを特段明記しない別の議論が様々に差し挟まれており、文意を辿っていくのはとても困難である。第一章は梗概部分だからということもあるのだろうが、二章以降でも似たような感じで論述が進められており、これが400ページ近く続くのである。

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