始まりだけの、物語。/橘柑司
 
いたり、友達と笑い会っていたり、恋人がと手をつないでいたり。それぞれが、それぞれの時間を過ごしている。
 それらのすべてを、オレンジ色のひかりがやわりと包み込んでいた。
 斜めから差し込んで来る光に目がくらみ、僕は目を細めた。しかし、顔を背けはしなかった。唇のはしが自然とあがっていたことに気づく。
 だいぶ日が短くなったな。そんなことを考えていると、不意に体が上から圧力を受ける感じがした。うしろを振り向くと、階を示すランプが「5」で止まり、ドアが開いていた。
 しかし、乗り込んでくる人は、誰もいなかった。ドアの外に少し顔をのぞかせてみたが、そこにも人はいない。もちろん、エレベータの中にも。
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