始まりだけの、物語。/橘柑司
 
続けることでようやく、ドアは閉まった。
 それを確認して、僕はゆっくりと脇の手すりにもたれた。エレベータが下に動き出し、そして重力が弱まる感覚を受ける。
 僕は、ドアとは反対側の、ガラス張りになっている方に目を向けた。そこには、夕暮れの街並みが広がっていた。この六階からの視点というのは、僕に色々なものを見せてくれる。
 駅。たった今入ってきた電車と入れ違いで、僕がさっきまで乗っていた下りの鈍行列車が、上りの快速となって出て行こうとしている。
 交差点。信号が青に変わり、学生や社会人たちが駅に向かうために、あるいは家に帰るために、文字通り道路の中央で交差していく。
 人。ひとりで歩いていた
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