まよなか/Utakata
最後に 一匹の象がいる檻の前で止まる
象は鉄柵のほうへ近寄ろうとせずに 灰色の目を上空に向ける
無数のたましいたちがそれぞれに鳴き叫びながら宙を駆け回っている
彼らの姿を長いあいだ眺めた後で象の目が閉じる
老人の影が彼の死を静かに看取る
まよなか
滑らかに濡れた音をたてて
睡蓮の花がさいた
池の縁に立って
自分の身体の腐った部分
人に決して見せることのできないような部分を一つずつ
掻きとっては水中にほうり込んでいく
水は既に底が見えないほど濁っている
死んだように揺れる睡蓮の花を見つめる
たった今生まれたはずの薄紅色の花弁が夜に浮かぶ
かすかだった香りがだ
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