五月待つ/岡村明子
橘は清らかな白い花をまだつぼみの中に潜めている
橘の花はブライダルブーケに使われることもあるという
誰かの腕に抱かれながら
安心していた頃は
においを意識することもない
別れたあとには思い出すこともない
それなのに
かぎわけてしまう
人ごみの中で
すぐにかき消されてしまうのに
瞼の奥に残像だけが残る
昔の人の袖のかおり
それは
体温とも結びついている
あたたかくやわらかく
私をつなぎとめていたものが
今はただ浮遊して
時々私の記憶を捕まえる
空中を舞う一枚の小鳥の羽のように
それはもう断片でしかない
五月待つ
海岸を歩きながら
いつかの初恋を
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