俳句の授業?/カスラ
入れものが無い/両手で受ける
この放哉の句、斜線の前と後を架橋する接続助詞、例えば『から』『ので』『と』を省いたのが一種独特の世界を表出させる。
放哉の選んだ生き方とは何であったのか。それについての年譜やさまざまな評伝がネットにも在るのでここでは割愛するが、社会的地位や財産、家族の全てを捨てたというより、運なく捨てられた放哉というのが正しいのだろう。(朝鮮での事業に失敗し、一高時代より酒乱であった)だがしかし、そうであれば、それだけならば、前記した接続助詞で架橋したはずである。
筆者の住む北海道は、明治期から本州のさまざま地域より開拓のため入植者を受け入れた歴史がある。日常の
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