「詩人」の「資格」/ななひと
氏と直接話せる「資格」を持っている人間=あっち側の人間、と人は考えるかもしれない。実際私は本名で詩の雑誌にも書くし、インターネットでも書く。両方のアクセス権「資格」を持っているという意味で、「活字」の側の人間ととらえられても仕方がない。インターネットだけで書いている人々は、「活字」へのアクセス権を持たない人がほとんどだ。そういう意味で、私は「資格付き」というレッテルを貼られ得る人間なのである。
こうした二項対立に対して、両方が融和して仲良くすべきだ、という意見がある。活字詩人はインターネットの詩も目配りすべきだし、インターネット詩人も活字の詩を読む必要がある、両方がすり寄って、より高めあうべきだ
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