名前/カワグチタケシ
それは可聴帯域の外からやってきて
濡れた鼓膜を鈍く震わせる
横断歩道に立ち尽くす
影は雨に打たれている
真夜中の運河の海水は
重油のように重くなめらかで
質量がある
若いホームレスが朝の地下鉄に乗っている
携帯ゲームに夢中になっている
シャンプーも淡い香水も
彼の体臭にかき消されている
真冬だというのに裸足で
足の指は垢にまみれている
頬の汚れに涙の線が引かれる
彼の悲しみが僕にはわからない
欠片ほどもわからない
森は深く
木々はみな、遥か空に向かって伸びている
葉を落とすことのない木々が頭上を覆い
日の光を遮っていた
我々には地球しかない
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