【petit企画の館】/蝶としゃぼん玉[307]
2017 01/06 21:50
ハァモニィベル

>>306(作品.by 長庚さん)投稿感謝。

古文調で味をつけたのは、面白い力作だと感じました。
ここは、擬古文コンテストではないので、詩情そのものが変であったり、
皆無でなければ、私は基本的に好感をもちますが、この作品の場合、
現代女性が(歴史の人をめぐって)妄想している詩として、
擬古文の綻びも味として成立してるかもな、と思ったからです。
例えば、
ラストが、「歌ひぬ」「歌ひつ」「歌へり」などでなく、
「歌いました」である所を言っているのは、言うまでもありません。

* * *

吉田松陰が、
黒船密航(渡米)に失敗して、故郷の牢に入れらると、其処には明日をあきらめた囚人たちがいた。
彼らは、牢内でも全力で生きようとする松陰の姿を見、話をするうちに、やがて生きる意欲を取り戻す。
そこで、松陰は、たぶん娯楽も兼ねて、孟子の講義をはじめた。

経書を読むの第一義は、聖賢に阿(おも)ねらぬこと要なり

この吉田松陰の『講孟剳記』(『講孟余話』)には、次のような箇所がある。


・・・謂(おも)へらく、「功業立たざれば国家に益なし」と。是大いに誤りなり。
「道を明かにして功を計らず、義を正して利を計らず」とこそ云へ、君に事(つか)へ
て遇はざる時は、諫死(かんし)するも可なり、幽囚するも可なり。飢餓するも可なり。
是等の事に遇へば、其の身は功業も名誉も無き如くなれども、人臣の道を失はず、永く
後生の模範となり、必ず其の風(ふう)を観感(かんかん)して興起する者あり。遂に
は其の国風一定して、賢愚貴賤なべて節義を崇尚(すうしょう)する如くなるなり。
然れば、其の身に於て功業名誉なき如くなれども、千百歳へかけて其の忠たる、
豈(あに)挙げて数ふべけんや。是を大忠と云ふなり。

(私による大意)///
「功利的な成果のないものは、世間では無意味だ」と言う者がいるが、それは違う。
「功よりも道を。利よりも義を」とあるように、主君がもし、頭も性格も悪い小人ならば
諫めて死すもよし、牢に入れられるもよし、禄を剥がれて餓死するのだってかまわない。
もしもそんな境遇になれば、この身は功も名もないようだけれど、あるべき道を失わず、
実在した最高の模範となり、その姿に感動し、落込みから奮起する者たちがきっと出
てくるようになる。(そういう者達が多くつづくならば)、やがて節義を尊ぶ世の中になる。
したがって、この身一つは功も名もないようではあるけれど、じつは百年千年の長きにわたる
忠義であること、計り知れない。最大の忠といってよい。///


 「忠」というのは、この時代の公理(最上位の価値観)であるから、現代の我々にはピンとこないが、
功利をとって醜い生き方をするくらいなら、道義にかなった美しい生き方(散り方)をしたいという、
単に理想なだけでなく、それを実践した姿と、その心を(わたしは)立派だと思う。


 先の一節を、そのとき聴いた者達は、どうして松陰が牢内で、腐らずに、明るく全力で生きよう
としていたのかを知ったに違いない。そして、まさに松陰が身をもって実践してみせた日々の姿を
思い出し、撃たれたのではないかと妄想する。



安政六年十月、

 以下に出てくる「四人」というのは、桂小五郎、伊藤俊輔(博文)ほか
 の松陰の弟子たちのことだ。


回向院の西北方なる刀剣試験場そばの藁小屋より、一つの
四斗桶を取り来たりて曰く、これ吉田氏の屍(しかばね)なりと。

四人 環立して 蓋をひらけば、顔色なお生けるがごとく、髪みだれて
顔にかぶり、血ながれて淋漓(りんり)たり。かつ 体に寸衣なし。

四人その惨状を見て憤恨禁ずべからず。

髪をつかね、水をそそぎて血を洗い、また柄杓を取りて 首体を接せんとしたるに、
役人これを制して曰く、
重刑人の屍は他日検視あらんも測られず、接首のこと発覚せば余ら罰軽からず、
さいわいに推察を請うと

安政の大獄で処刑された松陰最期の、
小塚ッ原での惨状である ・・・という。

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