【petit企画の館】/蝶としゃぼん玉[286]
2016 12/30 22:15
りゅうのあくび

こんばんは。歴史文学ですよね。
色々視点があると思いますが、
詩作にても、やはり歴史を取り扱うことが
多くあろうかと思います。
歴史小説も面白いですが、
歴史詩の開拓をここでのテーマとします
では、例を交えますが下記を参考として失礼いたします。
―「漆黒に彩られた翼-陽鳥に捧げる唄-」詩作参考にて―
(出来がどうかについては失礼させて頂きます。)

つい最近、現代詩フォーラムで
烏(からす)と鳥(とり)の字義と語源に
まつわる陽鳥伝説において、
物議があるなか、この歴史ネタに詩作する機会が
最近あったので、
この際に、お話いたします。まず詩作に当たっては、
果たして【歴史的事実】なる存在があるのか
是か否かをまずお伝えするに尽きます。
自分の答えは、多くの場合、否です。
※【虚構】をこの時点で認めざるを得ません。
さて、物議の結論としては、
私個人の考えでは、「陽鳥伝説は、
中国諸子百家のうち陰陽家がもたらした
陰陽五行説にまつわる文化にて実在している」、
という仮説がありうることについて、
やはり【歴史的真実】があると考えてみました。
ここでは、真実と事実にはかけ離れた意味がありえます。
したがって、歴史詩の主な構成としては、【歴史的真実】と【虚構】によって
創作していくことがメインです。

議論をしたとしてもやはり、
その答えは、詩作の当初よりも【歴史的真実】しか自前のものとしては、
回答できない場合が多いはずです。
しかしながら、歴史詩(叙事詩の範疇だけかは疑問です)としては、
【歴史的真実】とは手がかりでもあり、
やはり大切な視座とも考えます。

どう言おうとしても、事実を述べることは、やはり相手があるものとして、
それらが社会人全員を相手にすることでもあります。
どうしても議論にはならず仕舞いの反省点としては、
【歴史的事実】などは、自分の意見では、
個人として追求しようがないとしか言えません。
ある立場にて、声高に主張する事実などは、事実であるはずがないとも考えます。
仮に事実だけがあったとしても、それらはある意味で、
現代的な叙事詩でもありうるかもしれない、
新聞記事とも同じものとなるかもしれません。
某新聞の虚報としても名前が挙がる、従軍慰安婦問題の記事は
マスコミの信用を貶めたことはまだ記憶が新しいと思います。
さてでは、歴史の解釈にかかわる詩作があるとしても、
もちろんそれらは、極めてささやかな
【歴史的真実】を伝えるものでしかありません。

歴史的な真実を創作する詩作に当たっては、
【虚構】があるがゆえ
さて果て、真実なるものと事実なるものを混同することは、
間違っていると考えました。
・真実は、自身においても社会においても複数実在するものとも規定できます。
・事実は、自身を含む社会において唯一存在するものとも規定できます。
上記においては、事実と真実の混同があっては、それこそ、
歴史を語ることなどは出来ないと思った次第です。
真実と事実を履き違えると大変です。
そのようなことを考えながらでも、
やはり、【歴史的真実】を作品とするには、
歴史詩でも、ある意味で、
客観的な視座だけではなくて
真実についての説明機会を得ることが必要ではと考えます。
それでこそ、歴史にも、
真実と事実の間に、詩作が広がるでしょう。

 では、おやすみなさいまし。
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