あおば

  H
             「十万投稿記念企画参加作品」

いつの間にか暗くなり
手暗がりでは捗らない
行灯の火をともし
目をこらして
仕上げを急ぐ仕立屋が
ふと窓の外に目をやると
ぼんやりとした満月が
なだらかな山の端に顔をだし
久しぶりだなというように唆す
生来の遊び好き
誘われるとその気になる性分だから
ボタンホールの穴かがりもそそくさと
縫い上げてから
野原の真ん中へ
小走りで
少し背中の曲がった痩せた男の姿が目に映る

野原の真ん中に
宇宙船がやってきて
かぐや姫の里帰りがあるのかと
あり得ない想像を巡らしては
含み笑いをしてから
ではあの男なんのために
提灯も持たずに急ぐのか
灰色の脳細胞を働かす
名探偵
エルキュール・ポアロ氏
仕立屋の店の真ん中で
髭の先をなぜながら
推理する

お茶の時間に
うっかりと
油断して
吹き出して
付けてしまった
上着の袖のチョコレート
目立たない小さな汚れ

染みを抜くために
アイロンを借りようと
立ち寄ったまで
それ以上の仔細には
立ち入らない主義の
ポアロ氏は
人の良い顔をして
困ったような笑顔を
何処に向けたらよいのか
思案する





自由詩Copyright あおば 2007-01-06 09:39:29
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