【道化】
穢土

大瀑布に転げ落ち、息つく暇もない速度で泳がされ、
意志は僅かな空気で安堵を得る。そんな時代がやってきたようだ。
火を点けられた尻をまくる術もなく、右往左往の猿が高見から飛び降り、
蓋のない大川へ身投げする。暫しの安寧も次なる戦いへの休息で、
舳先にしがみつきながら漂うチリチリ舞い舞いの猿が、
『ウッキー』と泣いた日にゃあ、
誰も同情せんし進むことしか許されない。
楽器を手に取り吹いてみても、誰も耳を傾けず。
自身の悦楽は痰壺に吐き溜められ、腐臭が身体を蝕む。

この国の社会システムはジャンキーに委ねられ、
物申す口もないまま荒海に漕ぎ出された。
太古からこの国は自ら変化しようとしない。
至って俺の先祖は日々平穏無事に暮らしたのだろう。
夜這いを伝統とし慎ましく質素に漂い、
口裏を合わせ和をもって尊しとなしてきた。
大輪の花を咲かした付けはヘタレを増産し、
気丈に振舞う眼に媚び諂う景観は、夕暮れとともに消えてゆく。
どうかしちまうのも無理はないが、如何せん欲求不満が足りない。
動物園で欲情する哺乳類の本能は、
人類の原子的生存欲求と同等であろうが、
知性がブレーキをかけちまう。
長い間、漂って辿り着いた景色は、清浄でもない一時の安寧だ。

長くなったが本題に入ろう。俺が長い迷宮の出口で見たものは、
狂気と欲望それに強迫と怠惰それに締念の蜷局とぐろ巻く大糞だった
ブンブン蠅の飛び交う光景は、時代の空気に相応しく、
せせら笑う片頬に寒さを感じる。語ることに躊躇を伴う空気の中で、
口を開くものは勇者でなく大馬鹿ものと見られる冷めた空気の中で、
あえてそれをしてみても、野次や罵詈雑言が飛び交い、
自論は便座で踏ん張っていても愚者の餌食となり、流されちまう。
総てが面倒で、腕から吊り下げた提灯を持ち続けるのがやっとこさ。

こんな時代に美が存在するのか。美とは何だ。

かつて俺の先祖にも美は存在したし、それが為に生きた時代もあった。
今じゃそれらは書物の中に埋没し、
各々の脳内を漂うだけの記号と化しつつある。
美味しい飯を食って、甘い異性と抱き合う。
優雅な休日と事足りない暮らし。
誘惑に負けちまう空間に、美など存在しないのだろう。
美にも生活は必要だが、情報と社会が全て便所へ流しちまう。
其処で俺は“空”に疑問を投げかけた。美とは何だと。
したら奴さん、赤い玉を燃やしやがった。
『それは違う。俺が見たいのは美を持つ人間だ』と問うた。
したら奴さん、黙ったまま小便雨を降らせやがった。
濡れた身体が火照り始めた頃合に虹を見た。
そいつは美というものには程遠いが、
試しにホルマリン漬けにされた美を物干し竿で虚空高く干してみた。
が、一滴の滴りもない。枯れ涸れの残り糟を懐にしまい、
路傍の石を蹴り上げ絶叫した。

『俺は死を望んでいる。美とは何だ。美を与えたまえ』と

錯乱した酩酊状態で探究心いや生甲斐というか、
俺の情熱は早くも挫けそうになった。
路傍の石に手が生え両脚をつかみやがるし、答が返ってこないんで、
凄味を加えて石に焼きを入れた。
ムカついた挙句にカラスを殺し、滴る血を路傍の石にくれてやった。
火をくべて、立ち昇る煙で拙そうなカラスの肉汁が滴り落ちる。
ご馳走だ。猫や犬の獣類が貪り食べる様を、逢う魔が刻、眺めていた。
錯乱が錯乱を呼び狂態と夢魔の妖艶に捕り付かれていた鼓膜に、
微小なパルスが囁いたほんの僅かな刹那、それを捉えた。
我が身を鏡で観察する他者の眼で自分自身を発見したのだ。
俺の行為に願う姿などなく、真反対の仕出かしに驚愕した。

カラスが俺の情熱を食い散らしやがったのだ。

欠片を拾い集めて形にしようとしたが、形にはならずに
賽の河原の幼子のようにそれを繰り返した。
鬼はカラスか俺自身か、もはや断末魔の叫びは三途の川に木霊して、
生きながらに死んだ現代人のように徒歩を決めるのだ。
悲劇であれ、惨禍であれ、過誤であれ、敗北であれ、
美と情熱を得られないまま俺は死んでいく。
あぁ、なんてやるせないのだろう。
ノムコウ河に『くくくっ』って笑う奴がいる。それは君に違いない。

あぁ、それはそれは悔しいさ
君は死にながらに生きようとするのだから



自由詩 【道化】 Copyright 穢土 2007-01-03 21:24:45
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