聖女のオルガン
服部 剛
たいして金のないわが家に
いずれ残ったら金をくれと言っていた
付き合いの長いSさんが来たので
眉をしかめていた僕は
家にいたくないので外へ出た
散歩の途中
なだらかな坂を上ると
緑の屋根の教会があり
ドアを左右に開くと
両脇に並ぶ長椅子の間に敷かれた
ぶどう酒色のじゅうたんの向こう
( 十字架にかけられた人は
( 黙って両腕を広げ
( 心の煮えきっていた僕を待っていた
最後列の長椅子に
腰を下ろし
胸に両手を当て
瞳を閉じる
( 闇に伸びるSさんの汚れた手は
( ほかの誰かに何かをほしがる
( 僕のはしたない手の色と似ていた
( 祭壇の向こうで
( 十字架にかけられた人は
( 僕のこころに降りてきて
( 頭を垂らしたまま
( 両腕を必死に広げ
( Sさんと僕の間に立ち
( お互いを結ぼうとしていた
ステンドグラスの光に染まるオルガンには
いつのまに
聖女が座り
誰もいない教会の中に
静かな旋律が織り成されていた
瞳を開き
長椅子から立ち上がった僕は
一握りのゆるしを胸に
教会のドアを
開いた