聖女のオルガン 
服部 剛

たいして金のないわが家に 
いずれ残ったら金をくれと言っていた 
付き合いの長いSさんが来たので 
眉をしかめていた僕は 
家にいたくないので外へ出た 

散歩の途中 
なだらかな坂を上ると 
緑の屋根の教会があり 
ドアを左右に開くと 
両脇に並ぶ長椅子の間に敷かれた 
ぶどう酒色のじゅうたんの向こう


( 十字架にかけられた人は 
( 黙って両腕を広げ  
( 心の煮えきっていた僕を待っていた 


最後列の長椅子に
腰を下ろし 
胸に両手を当て 
瞳を閉じる 


( 闇に伸びるSさんの汚れた手は 
( ほかの誰かに何かをほしがる 
( 僕のはしたない手の色と似ていた 


( 祭壇の向こうで 
( 十字架にかけられた人は 
( 僕のこころに降りてきて 
こうべを垂らしたまま 
( 両腕を必死に広げ  
( Sさんと僕の間に立ち 
( お互いを結ぼうとしていた 


ステンドグラスの光に染まるオルガンには 
いつのまに 
聖女シスターが座り 
誰もいない教会の中に  
静かな旋律が織り成されていた 


瞳を開き 
長椅子から立ち上がった僕は 
一握りのゆるしを胸に 
教会のドアを 
開いた 





自由詩 聖女のオルガン  Copyright 服部 剛 2007-01-02 02:21:11
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