永訣の朝に思いを馳せる
士狼(銀)

僕がチャーくんに出会った頃は
魚が飛んでいました
鳥が泳いでいました
月が溺れていました
太陽は寝ていました
僕の世界は笑うことを知りました


初詣に行く前に
チャーくんを思い出した白痴の弟は
何度も扉を引っ掻き
くぅ、と一度泣きました
魚の羽音のような、儚い声でした

御神木に爪を立てた弟を
怖くないよとあやしながら
お願い事は自分のこと
わざとらしく深々と頭を下げ
神様に媚を売りました
喋れない弟が何を願うのか
僕にはまるで分からなかったので
願いました
この子が長生きしますように

窓の外を見る弟の
水晶体は白濁を燈していて
お前も年を取ったねと
抱き上げると
その目は遥か遠くを見ていたので
もしかしたら
チャーくんに逢えますようにって
神様にお願いしていたのかなぁと思うと
もう僕の脆くなった涙腺は
壊れてしまって
壊れてしまって

母がどうしたのと振り返る前に
弟と一緒に窓から顔を出すと
風を受けて
僕の涙は弟の涙と混ざって
包まって
すっと、攫われていきました

光を受けた涙の影は
少しだけ希望に似ているなと
呟いて
また泣きました



僕とチャーくんの永訣の朝から
魚は泳ぎ始めました
鳥は飛び始めました
月は浮き始めました
太陽は沈黙しました
僕の世界は泣くことを覚えました





自由詩 永訣の朝に思いを馳せる Copyright 士狼(銀) 2007-01-01 22:00:58
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