yukimura

揺れるベッドから理性が零れ落ちた
神性を目指した船の軌道が僅かに逸れたが
荒れたシーツの波は誠実な舵を狂わせる
足早に落ちてくる星 激しく吹く風
互いの舌の先から 獰猛な動物が飛び出して
互いを攻撃しあい交錯した
俺達の肉体の壁はそこから溶解して一つになる
下卑た欲望が汚れた密室で具現化される
無数の落雷が船体を焦がす
今までの人生の、あらゆる快楽のくだらなさよ
配線が焼けきれて機器がショートした
視界が真っ暗になる
ひりついた神経を絡ませて
脳天から足の先まで呼応しあっている
俺達は未来の約束もないままに
何かを殺すような熱で抱きあった


鼓動は過去を疑うように 次第に緩やかになる
4本の腕で拵える2つの小さな檻
誰かが吹いているのかもしれない
頭のどこかでフルートの薄い音が
無感情な旋律を並べて消えた

女は起き上がり、服を着て立ち去る
俺は当然のようにそれを見送る
女は微笑みながら一言だけ口にした
「私が帰ったら寂しい?」
寂しい?
ないよ。
「寂しくない」
抗うようにそう呟いた
窓を叩く
涙のような雨が予感させている
俺にもきっと
行かなきゃならない場所があるんだ


船はゆっくりと沈んでいく
悲しい温もりに覆われた 新しい世界へと
無数の気泡が水面へ昇っていく
肉声を持たない船体の 惜別の辞のように

闇が包む操舵室に蝋燭を灯す
壊れた機器は元に戻らない
貴女の存在が酸素のように広がっている


このまま気の済むまで 落ちていきたい

どこまでもずっと深く 深くまで
眠るように遠く 遠くまで

水龍の背のような 旅路の先へ


大きな衝撃と共に船は心の底に辿り着いた
ぱらぱらと塵が舞い降りてきた
海上では日が昇る頃かもしれないが
光はここまで届かないし
届けられる必要もない
仄暗く冷笑する鏡よ
懲罰のように膨らんでいく恋情よ
世界は名の知れたマジシャンの手際で
一人の男を消失させた
俺の中に生まれた貴女の孤独を知ってるから
俺はもうどこにも行くことはない

ああ、深海ふかみ
なだらかに揺れる悪戯な聖女は
今頃どこにいるだろうか
苦しさを滲ませた呼吸で
小さく意を決すると
合図を待っていたように
硬質の外壁が弾け飛び
魔物のような水が雪崩れ込んでくる


自由詩Copyright yukimura 2006-12-27 21:23:06
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