ひとかけらのお話たち
夕凪ここあ

しん
と張りつめた空気の隙間から小さく 雪ふるる


 氷点下の朝
 白樺の並木道
 枝の間から差し込むあたたかさ
 昨日の凍てつきなんて
 思い出すことなく
 鳥たちのさえずり


 改札を抜けると
 時計台
 背中合わせに時を刻む
 ブーツの紐を直したり
 混ざり気のない雪踏みしめたり
 さっき買った
 紅茶はもう冷めた
 行くあてなんてないままに


 かばんに
 思い出なんて
 詰めた覚えはないのに
 あんまりの寒さに
 溢れ出してしまう
 悲しいくらいやさしい匂いで
 思い出のおかげで
 あたたかい
 少し軽くなったかばんで
 歩き出す、また


 ママもパパも
 夜にならないと帰らない
 少女の赤く腫れた
 霜焼けの小さな手
 家の前に佇む雪うさぎ
 いびつに不恰好に
 それでも
 ママとパパの帰りを
 じっと待ってる
 少女の涙で少し、溶けた


 今夜は
 どこの家でも
 あたたかいシチューを作って
 橙色の明かりを焚いて
 しあわせだね、なんて語らう
 窓の外で子猫が鳴いてる
 それを見て
 かわいいね、なんて笑う
 窓の外で子猫が鳴いてる


 冬のない国から来た少女
 日に焼けた手を空に伸ばす
 ぼたん雪が
 一秒より遅い速さで
 触れて溶ける
 こんなに凍えそうなのに
 不思議ね
 綿毛より
 やさしい音色で


 朝寒くて
 いつもはベッドで丸くなるのに
 朝寒くても
 外が一面の雪ならば
 引き出しから
 手袋出してうずうずしてる
 早起きしすぎて
 朝ご飯を待つ、少年
 早く
 一面の雪に
 ばふっとしたい


 森の奥
 花の咲かない季節
 誰も踏み込まない
 雪に点々と続く足跡
 何か動物の、
 木も草も冬篭りしてる
 ほんの少しの間だけ
 彩られる雪の花畑
 誰の目にも残らないまま
 また雪に埋もれて


 改札を抜けた
 時計台
 の下で待つ少女
 もうすぐ
 今日が終わるころ
 足元に雪
 通り過ぎる電車の音
 続いてく線路
 夜に沈んでく体
 遠い町
 あなたが
 来ない今日
 も、雪


眠る間に、やさしい色と形と決して溶けない透明度で
この町にも今夜 雪ふるる




自由詩 ひとかけらのお話たち Copyright 夕凪ここあ 2006-12-16 14:56:13
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