家計簿と戦場
吉田ぐんじょう
ミサイルが発射される音が聞こえる
母が
台所で家計簿をつけているのである
インキは戦車のキャタピラのように
勇ましく前線を進み
赤い数字が攻撃目標みたいに
点々と書き込まれてゆく
エプロン色の背中が
荒涼とした草原のようだ
硝煙のにおいが漂って
わたしはなるべく静かに歩いた
つもりだったのだが
どうやらその足音が
戦場に影響を与えてしまったらしい
母は
作戦を告げる上官のような顔で
おごそかに振り向くと
節制
と呟いて
わたしにペンを突きつけた
銃剣のように光る
黒と赤の二色ボールペン
小さい兵隊たちが
レシートの合間に隠れて
こちらをそっと窺っている