無題(都市の末梢神経が、〜)
カワグチタケシ

 都市の末梢神経が、ところどころでむきだしになっている。むきだしになった都市の末梢神経に眠らない水が引き寄せられる。四谷には初冬の冷たい雨が降り、お茶の水では真夏の日差しに輝く神田川の汚れた水面に鯉が背中の鱗を光らせて跳ねている。茗荷谷。茗荷谷には古くて深い井戸がある。東京メトロ丸の内線。

 ********

 高く晴れ渡る果樹園の丘、色づきはじめた林檎の実に冬のはじめの傾いた薄い光が射している。僕たちは午後から出発した。

 まどろむ私鉄は田園地帯を走り、乗客たちは光のなかで居眠りしたり目覚めたりしている。背中があたたかい。果樹園は遠く後方に流れ去り、列車は雑草の生い茂る河川敷を渡る。鉄の匂いが漂い、そこから先は都市の領域になる。

 ゴシック様式の長い踏み切りを過ぎると突然、線路は地球の中心へと吸い寄せられていく。もう川を渡ることはない。川底の更に下を、掘割の下をくぐって線路は伸びる。地表を凍らせる風が届かない線路は、真冬でも生温かくふるえている。都市の末梢神経。そして地上の陽が沈む。地表の温度が急激に下がる。

 ********

 埋立地を切り開きセメントで固めた造船ドック。都市の末梢神経にかすかな波が打ち寄せている。冷えた風が海に向って吹いている。造船ドックの跡を見下ろしながら、スペイン風に壁にタイルを貼りつめたバルで、僕たちは酒を飲んだ。スペイン風に調理された熱い海老をつつきながら、友だちは恋人の話をする。

 遠い砂漠の国で、病院や学校にミサイルが打ち込まれている。友だちは恋人の話をする。新しい部屋のカーテンの柄や置時計を選ぶ自分なりのルールについて話をする。美しい給仕が新しい皿を運んできた。スパニッシュ・ビールに乾杯。僕たちのおそろいの上着に乾杯。

 僕たちは詩の話をする。共通の知人の話をする。テレビや最近読んだ小説の話をする。友だちの携帯電話に恋人からのメールが届く。僕は、彼女の伝えきれない気持ちが液晶画面からはみ出してくるのを感じる。ベルギー・ビールに乾杯。遠い砂漠の国で、病院や学校にミサイルが打ち込まれている。

 ********

 23時35分。僕たちは街路に出る。友だちは35日の話をする。それが何月のことだか忘れてしまった。雨滴がひとつアスファルトに落ちる。眠りはじめた街に、友だちの笑い声が教会の鐘の音のように美しく響く。何度も鳴らされる教会の祝福の鐘のように、友だちの笑い声が何度も美しく響く。

 地下鉄の駅で友だちと別れ、僕は歩いて家に帰る。そこには眠る人がいる。眠りについた都市の末梢神経に、眠らない波がひたひたと打ち寄せている。


自由詩 無題(都市の末梢神経が、〜) Copyright カワグチタケシ 2006-12-10 10:21:21
notebook Home