ファニチャア海岸
カンチェルスキス







 古くて黒ずんだ家具を
 背負って
 わたしは海まで歩いた
 捨てようと思ったのだ
 生まれたときからずっと背負ってきたものだが
 今日であの海が終わるかもしれないとふと思い
 やってきたのだ



 歩いて15分の古い家具専用海岸だった
 遠浅の海で砂浜がある
 ヨットの船着場の向こうで
 食品工場の煙がたちのぼっている
 古い家具たちが波の穏やかな海に
 斜めになって浮かんでいる
 まるで溺れかけの大都市のようだ
 広い砂浜で赤のスポーツカイトを操ったり
 大きな真っ白の犬を気ままに走らせて微笑んでる人たちは
 古い家具を捨て去った人たちだった



 わたしの背負う家具は最初は木の肌色だったが
 今ではくすんで黒ずんでいた
 唯一日記帳をしまってた引き出しも
 日記をつけなくなってからは取り外した
 八つ当たりも激しかったので
 凹みやむきだしになってるところもあった
 お菓子のおまけのシールを剥がした跡や
 おはぎのつぶが
 いつまでも残っていた



 ここまできて捨てるのが惜しくなったのは
 わたしの性分だ
 とても重かったけど
 慣れてしまっていた
 邪魔だと思ってるときでさえ
 どこかいとおしさを感じていたのだ
 これがない自分の暮らしを想像することは
 難しかった
 まるで自分の分身のようだったのだ



 真新しいテニスボールが
 わたしの立ってる波打際に転がってきた
 あざやかな蛍光色だ
 微笑んでいる人がいる
 テニスはやらないけど
 テニスボールは好きなのです
 その人は言った
 わたしは何も考えなかった
 生まれて初めて
 背中の古い家具を下ろしていた
 捨てなくても下ろせばいいと
 前から考えていたようなことを思った
 波打際でとまったテニスボールを
 その人に投げ返した



 わたしの古い家具だけが
 砂浜に斜めに立っていた
 自分が思ってたよりも小さかったのは驚きだった
 夕陽が
 古い家具の影を伸ばしつつあった
 その影に飲み込まれないように
 一瞬早歩きになったが
 微笑んでいる人がまだ微笑んでいたので
 歩く速度を落とし
 山なりになってこちらに向かう
 真新しいテニスボールを
 わたしは落とさず受け取った









自由詩 ファニチャア海岸 Copyright カンチェルスキス 2004-03-30 14:43:35
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