凍て省
土田
森閑の紫陽花の露食み駆けほてる頬うずめた先一寸の冷めたほむら
果樹園の久しき灯り小屋の窓番人の影父を実らせ
知らぬとも海は胎を撫でまわし潮にふくらむ少女の麦藁帽
鼻照らす翳せし流灯そろそろと口つぐみ喉枯らし陰るほどに父を
そら豆の殻に閉じこめ燻ぶる夕母その煙が象るふかきソネット
しずめられ木皿の疵に夏川の染み入る少女の住処の重み
草の笛緑淫の園に恋は無き乞う前の静けさや愛はなどと凪は嘯く
車輪の音花大根の道さえ硬く鉄のがなりをも今は生身
言の葉の通わぬ箱は雑駁にいまや国語教師の明日にかなしもなし
かんかん帽もはや帽を被らぬ若人多きけりころがりしさきも車窓の刹那
詩の知恵も才も気力もなくとも毎年のあきたこまちの苗のひとつの重みは知り
ふるさとの訛りとともに捨てた女今日のはちょっと苦いねと女が二人今朝のモカ珈琲
倖を別ったことさえ知り得ずに酔いの公園にてホームレスに英世を握らせ
求めし雲雀料理銀髪に諭さされも朔太郎の凱歌礼の気持ちが楽譜を滲ます
己を探す旅と銘打って麦藁帽の網目の数だけ検索のクリック音で夏が暮れる
亡き父も燕は食わずと空見あげ祖父は食ったかとどこも似つかぬ我が身を起こす