箪笥(Mermaid's dream 1)
月夜野

  箪笥はいつも 夜更けに戻る
  鼻歌まじりに 廊下を歩き
  暗い風呂場で くしゃみする
  畳ニ枚分 離した布団に
  ドーンと倒れて いびきをかく
  酒の臭気に 眠りの鎖が
  千切れて跳んで 見えなくなった


  箪笥は昔 イルカだった
  イルカの箪笥は 愛嬌たっぷり
  波間に顔を 覗かせて
  わたしの足を 鼻で突付いた
  時には背中に わたしを乗せて
  遠い波間に 漂う月を
  夜が明け染めるまで 追いかけた


  箪笥は今は 箪笥になって
  重い引き出しに まだ物を詰める
  箪笥はものが 言えなくなり
  言葉はすべて 擬音になった
  それでも手のない 箪笥のために
  時には背中を 掻いてやる

           
  ああ 天窓に今夜も月が来て
  波打つシーツは 海原に変わる
  わたしは夢の中で 人魚になり
  ひとり 波間の月を追いかける



自由詩 箪笥(Mermaid's dream 1) Copyright 月夜野 2006-12-04 21:38:03
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