クラヴィ ヴィエイヤール
もも うさぎ


クラヴィ・ヴィエイヤールは小さかった

どのくらい小さいかというと あなたのまぁ 半分くらいで


俗に 小人と呼ばれる 種類の人間だったのかもしれなかった

けれど

本人は そんなことは知らなかった



クラヴィ・ヴィエイヤールは小さかった

彼はたった一人 森で 暮らしていた

母親の記憶は かすかにあったのかもしれないが

彼にとってそれは さほど重要ではなかった

幼い頃に 森へ 置き去りにされた彼は


森の息吹や 風を受けて 大きくなった

 なったところで 小さかったのだけれど



クラヴィ・ヴィエイヤールはなんでもこなした

きのこの入った森のシチューは 彼の十八番だった

種を植えて麦を育て、

穂を実らせたそれらを刈り取って

パンもつくった


動物の言葉が話せるとか

そういうドリーミーな特徴は残念ながら彼にはなかった

それより以前に彼は 言葉というものを話さなかった

言語というものに触れたことがなかったのだ



歌は歌ったけれど



木で出来た彼の小屋の前には 朝 たくさんの小鳥が

彼を起こしにきた


遊びにくるのは
ふくろうやら いたちやら

うさぎやら


あ、実はうさぎは 食料にするため たまに捕った

彼はなんでもこなす

うさぎを入れたシチューはまた格段に うまい




そんな彼の元に ある日 変化が

彼と同じように森へ 赤ん坊が捨てられていた

うさぎを狩りにきていた彼は その子を見つけると



そっと連れて帰った

クラヴィ・ヴィエイヤールが森に捨てられてから

およそ20年の月日がたっていた




まぁクラヴィは青年だったということになるのだけど

クラヴィは小人で 世俗というものに関わらず

一人で生きていたから

クラヴィは 青年だったと くくるのもどうかな


まぁそれで




彼はその子を育てた 彼と同じように 小さな女の子だった


彼はその子を クララと 名づけた




クラヴィはクララと一緒に暮らした

クララはすくすくと育った


森の泉も 木蔭も 雨に映える光の粒も

すべてがクララを育てた

クララはそうして 大きくなった

 なったところでそう大きくはなかったのだけど



それはそれは 小さな小屋で

ことこと煮込んだ うさぎシチューを食べながら
彼らは静かに時を過ごし

(彼らは一言も口をきかなかった 言語を知らなかったから)

(歌は歌ったけれど)



そうして 



30年の年月が過ぎた 



彼らは本当に静かに 時を過ごし 



また30年の年月が流れた


年月はまたたく間に 流れたが


彼らを取り巻く森は 何も変わらなかった




もしかしたら森は 一層深くなったのかもしれなかったが

彼らはそんなことは 知らなかった






川のように流れる時を

ゆっくりと小さなボートで渡るようにして 彼らは過ごした





クラヴィは80歳で

クララは60歳になった


彼らはそんなことは 知らなかったけれども



言語を知らず、本能すら ままならなかった


愛の言葉はおろか 行為すらも


彼らにとって




何が できただろうか




そして その年の秋の終わりに





 クララは そっと 動かなくなった






クラヴィは 目から大きなしずくが


流れるのを そのままにしておいた


そのままにして

一冬を 越した



そのままにして 春になった





彼は


森の一番 大きな木を 小さな体で 切り倒した


そして それを材料にして 大きな木の箱を作った


それはクラヴィが中に5人ほど入れるくらい 大きかった



そして その箱に クラヴィは 弦をはっていった


一本一本 箱に 弦を はる


それはとてつもなく 息の長い作業で

春は過ぎ 夏を越えて 秋がまたきた


彼は 目からしずくをもう こぼさなかった

彼は ただ弦をはることだけに 意識を集中した



小屋は荒れ果てて きのこシチューはもう作られることなく

彼がもう狩をしなくなったことを悟ったうさぎたちは


彼のまわりで はねて遊んだ


彼はただ 弦を はりつづけた




こうして満足いくまで弦をはってしまうと

今度は木の欠片をたくさん集めて 箱にとりつけた



八十八個もの小さな欠片を すべて箱にとりつけてしまうまで



少なくとも10年の月日が 流れていた


彼はおおよそ 95歳になっていた


もうよくわからない たぶん95歳くらい




それで 彼は それを 大事に 調整した



それはもう長い月日をかけて 調整して





彼らは言葉を 持たなかったけれど


歌うことはできたから





彼は やがて 動かなくなった



だいたい100年くらい 動いて 動かなくなった





クラヴィ ヴィエイヤール その生涯



彼は言葉を持たなかったから その箱がなんなのかは知らず


まぁ なんなのかなんて なんの意味があるだろう?





言葉は持たなかったけれど 歌は持っていたから








その箱は 今でも 森の奥で   ひっそり眠っている

















〜Piano〜


自由詩 クラヴィ ヴィエイヤール Copyright もも うさぎ 2006-11-26 00:42:46
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