永遠のむこうにある空 デッサン
前田ふむふむ
1
寒さが沸騰する河岸に、沿って、あなたの病棟は佇む。
粉々に砕けた硝子で、鏤めている実像が、
剃刀のような冷たい乳房のうえに置かれる、
吊るされた楽園。
顔のない太陽は、重さのない一日を、
地下で身篭りつづけて、無謬の白昼をこわす。
世界は終わりから始まり、
寂しい河岸は、呻き声をあげて、道をつくる。
2
池袋から、武蔵野の深い地理に、西武池袋線が流れる。
みずのような物腰で、
赤茶色のローム層を踏み分けて、
電車は清瀬駅に滑りこむ。
駅から、つよく歩幅を広げて、
みどりの色彩を濃厚にするあたり、
わたしは、顔のない太陽が、
過去・現在・未来の三つの空に輝いている、
白い壁の病院に、
慟哭のときを横たえる。
湧き上がる沈黙は、一房、二房、三房と手を捥ぎながら、
清瀬の森のかなしみを、運びつづける。
永遠のむこうにある空に落日の声を上げて。
3
木霊するものたちは、
「神の気まぐれな失敗作として、埋もれた、
塑像、絵画のはかない血液。」
心臓だけは気高く、波打っている。
4
雑木林の奥から、溢れる血液が降りてきて、
切り裂かれた傷口が、閉じられない、
冬のきつい寝床を塗した川面を、
わたしは、両肩の内側に抱いて歩く。
淡いひかりに微分された流れは、
遅れながら、ついてくる。
流れが、ようやく、わたしに追いつくときの間隙に、
打ちだされる、漠寂とした河口に広がる、みずの平野を、
濡れた風でわけて、
その香りをあげる草のなかで、
わたしは、声をあげて、眠ろう。
冬から飛び出した白い壁の眩しさが、眼に焼きつく、
洗濯物の匂いが染みつく病院は、
名前のない窓を開いて、虚無が旋回する雑木林に透過した、
何人ものあなたを導いて、
あなたは、白い病院が浮ぶ青い空より、
ふたたび戻ることはなかった。
空さえも見えない、わずかに灯る祈りのとき、
灰色の遺骨を迎えるものは、絶えて無く、
わずかに流れる近傍の川を、
あなたが眺めていた、まどろむ視線の残影が、
うろこ雲の、むこうに沈んでゆく。
忘れられた声を胸にまとめる、その寂しさに、
わたしの乾いた眼が、汗ばむ。
絶え間なく湧き上がる病院の煙突のけむりは、
空の四方に突き刺さり、痛みを受け取る、
夥しい雨のおちる場所は、こうしてできるのだろう。
季節だけが、翼をひろげて、病院の白い壁を
ひたしてゆく夕暮れに、
わたしは、川面を両肩の内側に抱いて歩く。
せめて、優しさを演技して、両肩のなかだけで、
号哭を見つめていたい。
凍える一吹きの風に鳥は、声を失うが、
あすには、華やいだ美貌にまみれた街の、豊満な肉体に
浸るのだ。
川面が、両肩を乗り越えてゆく錯覚を、
いくども、病院の白い壁が、試みているが、
わたしは、川面のみずの悲しみを、
今日だけは、小さな眼差しで包みこもう。
白い病院が、おもむろに夜の暗闇に沈み、
うすいひかりを携えて、
無垢な子供たちの廃墟の足跡が、透明な螺旋をなして、
空に駆けあがる。
轟音をあげる沈黙の垣間を、
川は、遅れながら、病院の凍える門に流れてゆく。
黒く染まった冬を、永遠に見つめて。
わたしは、川面を両肩の内側に抱いて歩く。
足が萎え、涙が枯れるまで。