傘日和
アンテ


103号棟アパートの階段を
屋上までのぼる
隠していた鍵でドアを開けると
海からの強い風が
征圧的に音をたてている
絶好の傘日和だ
家並みを見渡すと
陽射しが白く包み込んでいる

落下のイメージが
頭にこびりついて消えない
小石はただ真っ直ぐに落ちる
鳥は羽をはばたかせて
空に舞い上がる
重力に抗う力は
どこから生ずるのだろう
猫は身体をしならせて
着地に備える
人はどうだろう

屋上の縁に立って
手を差し出してみる
指をひらく
空想のタマゴは落下しながら
殻が割れて
中から雛がもがき出て
みるみる成鳥に育つ
羽を広げて
そこで時間切れ
地面に衝突する
乾いた音が遅れて響く

落下しはじめたら最後
人にはなにもできない
だからきっと
落下する前に考えるのだろう
生きつづけることと
落下することと
どちらかひとつを選択するために

傘を開く
骨はどう見ても脆弱で
布材は今にも破れそうだ
うまく風に乗ると
隣町のかなたまで
飛んでいく傘もある
風がおさまるまえに放って
遠ざかるのを見送ったら
屋上のドアに鍵をかけて
家に帰ったら
またいつもどおり

今日は
絶好の傘日和なのに
両手で柄を握りしめたまま
指が開かない

爪先の向こう側
これ以上先はない
傘の骨がぎしぎしとしなる
目を閉じて
ひときわ強い風が
ごぉ と
傘を持ち上げて
身体が軽くなって

意志の力だと思いたい
選ぶこと
踏み出すこと
あるいは
思いとどまること

再び地面を感じる
風はどこかへ行ってしまった
傘を閉じて
大きく息をして
ゆっくりと目を開ける
ここはどこだろう
陽射しがまぶしい

空が遠い

家へ帰ろう




自由詩 傘日和 Copyright アンテ 2004-03-25 00:53:18
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