小詩集【ルナ区の片隅で少年少女は】
千波 一也



一、斜塔

あの塔は
いつ崩れても
おかしくはない

その
語りは
誰かにとって
あたらしきを築き
誰かにとって
もはや
壊れたままのかけらで
見えないはずの
ことばのかたちは
日々を
平等に
取り囲んでいる

そうして斜塔は
アンバランスという名の
均衡のなかで
きょうも静かに
立っている

ここは
バランスに
明け暮れる者たちの
不均衡な地平

たとえば月の名に
たとえば星の名に
誰かにとっての
故郷の定義が
変わりゆく
そんな事態もあるだろう

そういう地平に
ひとは棲んでいる

そうして斜塔は
もしかしたら
ひとと寄り添って
きょうもなお静かに
立っている



二、無数の星

いま願いを託した
あの星には
誰かが立っていたのだろう
いま
音もなく消えた星には
ひとつの願いも
無かっただろうか

流れ
過ぎてゆく
景色のなかで
わたしたちは互いに
無数の星

乾きをうるおす水には
幾つの声が透けるだろう
暖をとるための炎には
幾つの声が揺れるだろう

見渡せない夜は果てしなく
わたしたちは
淡い夢のなかで
塵のように夜を浮かぶ
閉じこめて
閉じこめられて
彩りのかさなりは
闇夜に
黒く
果てしなく
わたしたちは互いに
無数の星となる

痛みも恨みも涙も怒りも
まばたきのまに
無数をゆく
無数のかがやきは
互いに
互いの流れ星
たとえば
わたしのこのうたも

見渡せない夜は
果てしなく
黒い



三、ふゆの巣

あなたの肩に
ふゆはある

それを
みとめるだけで
あなたは
急いでしまうから
ふゆはなお
息づく

雪原の片隅が
孤独の
いどころ
おおきくなるには
時間がかかる
春をのぞみ
春をうたうころ
雪原は
ゆっくりと
ちいさくなる
つまり
いどころはうつる

春は
わすれてしまう季節
春はおそろしい

あなたの片隅に
ふゆはある
日々を
こまやかにゆけば
なお
しろは
目立たない

とめどなく
寒いゆめはないか
何気なく
ふるえる隙間はないか

巣のあるものはつよい
ふゆは必ずかえる

巣を持つものはつよい



四、純度

僕は
僕としてしか
生きられないうえに
僕をつなぐことで
精一杯なんだ

ここは賑やかな街だから
誰かが代わりに
笑ってくれる
誰かが代わりに
走ってくれる
だけどほんとは
ここは寂しい街だから
僕は
雲を見上げている
変わってゆくけど
変わらない
そういうものを
見守っている

雑踏のすぐそばで
ベンチはいつも
冷たいままだ
言い訳ばかりの僕は
そこに凍えてしまうから
いっそ雨に降られたい

繊細であることは
薄弱であること
想いの分だけ
雑踏は遠ざかる
誰ひとり見向きもしない
僕は知っている

一から十へ
十から百へ
百から千へ
ゆびが疲れたら
みんな消えてしまう

僕は
どこまで抱いてゆけるだろう
由緒の正しい
はかなさを



五、鉄条網

こちらから
突破をしようと
傷を負ったとしても
それは
無理矢理な
自分自身なのだから
痛みなど耐えられるし
そもそもそれは
痛みなどではない
だろう

向こうから
傷を傷ともせずに
誰かが
無理矢理に
笑ってはくれないだろうか

そんな願いこそが
どうしようもなく痛い

鉄条網を越えてくるものは
いまだに風ばかり

いつのまにやら
有刺鉄線は張り巡らされて
だれが
だれを守れなかった
痕跡なのだろう
有志、と呟けば
乾いたくちびるが
あてもなく
ちぎれる

水分は
やがて錆びつくから
涙と汗と血液と
うるおいにまみれる自分は
鉄条網の敵なのだ

何よりもまず
この眼前の
鉄条網が敵なのだ



六、きみがために

いのちの
かたちというものを
いまだ
わたしは
見つけていないけれど
いつか
いのちは
滅ぶのだから
かたちというものは
おのずと
うかがい知れて
目に見えずとも
手にふれずとも
みな生きてゆく
すり減りながら
みな死んでゆく
すり減りながら

いま
いたみに伏した
きみがために
同じ種族として
わたしに何ができるだろう
いま
いたみに伏した
きみがために

かたちあるものは
かならず崩れて
かならず終わる
されど
ねがいもいのりも
かたちが生んだ
かたちなのだから
消えゆくための
はじまりは
かならず
ある

いま
いたみに伏した
きみがためにこのうたを
同じ種族として
このうたを



七、火山灰は降り積もる

見上げたそらを
駆けてゆく
ひとすじ

それがまだ
尾であるならば
どうか尾のままで
胴と
両目と
ゆびさきと
まったく等しく
失せてゆけ

罪とは
かぶるものであるらしい
永く身を染める月は
かぶるものか
かぶせるものか
遠い国からは
えてしてすべてが
まぼろしとなり
近くに想う

終わらないものはなく
始まらないものもない
それは
もしかすると
終わりと始まりと
もろともに拒む
そのための原理

火山灰は降り積もる

たぶんに
きのうときょうとでは
異なりを
はらみながら
火山灰は降り積もる

今宵も月は
寒々しくも暖かく
ひとみのなかで
まぼろし
となり



八、天秤列車

傾くことの反動に
ひらくための
ちからは
生まれ

それは
必ずしも
あしたには
繋がらないけれど
むかしへと遡ることも
あるけれど

ちからのかぎりに
望みをもって
ためらって
重さの類は問うたりせずに
傾くためのこころを
ひらくためのちからを
日々に
掴め

詳細な
はじまりを知らず
おわりもまた知らず
ただ
わたしたちは
零には触れられない
触れてはならない
そんな気がして
笑顔も涙も
なつかしさも
常にかたちを変えて
わたしたちは零ではない
それだけは確かだと思う

ときを往くということは
こんなにも
優しい約束に満ちて
それゆえに
傾くことの反動は
裏切らない

けっして
機関を裏切らない



九、機械技師

よごれはきらいです

油のにおいの
染みついたシャツには
笑顔があって
すすまみれの顔は
両腕を
あたたかく広げて
傷のある腕にも
だれかのための名前があって

余程のことがないかぎり
よごれなど見つかりません
そのまま
絶えればいいと思います
よごれはきらいです

不器用な人間は
気の毒なくらいに
器用になってしまいました
そんなことにも
気づかぬほどですから
周りはすべて
部品であることも
人間にとって
部品は異物であることも
気づきません

既知はいつも未来です
人間はみな少年少女です
秘密の
基地はいつも未来で
よごれは
よごれと呼ばれぬままに

動いてゆきましょう
動かしてゆきましょう
精密で大層な
ひとつのきずなに
いだかれながら
たとえば
そう
あの月面まで



十、伝書鳩

約束は
どこにあっただろう

あれは
空という名前だ
これは
風という感覚だ
それは
流れというかたちだ

もとめるこころが
あまりに
過剰になったとき
罪は
かなしく
約束を呼ぶ

まっすぐな想いに
運ばれてゆく
真白き鳥よ
おまえの異国は
どこに待つ

片隅から
片隅へ
情愛も讃美も宣誓も
いのちを
守るために
すがたを変えながら
遙かな脆さは
遙かに
続く

約束はいくつでも

真白き鳥に
運ばれてゆく想いよ
おまえの異国は
どこにでも

伝えたいことがある
ちいさな窓から順番に
めぐりつないで
輪となるように






自由詩 小詩集【ルナ区の片隅で少年少女は】 Copyright 千波 一也 2006-11-05 23:26:32
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