金魚
深月アヤ

訪れる人の無い部屋の片隅
透明なガラス鉢の中の

    私は金魚

一日一度 あなたの声を待っている
    「おはよう」

そうしてドアを出て行く音がすると
私の長い一日が始まる

    部屋に静寂が満ちている

時には冬の気まぐれな陽が
私の世界を暖めたり
真紅の鱗を輝かせたりする

    そんな時 私は思う

いないあなたに今の私を見せたいと


夕暮れの話し声
鳥が作る一瞬の影
落ちる陽が連れて来る足音

胸騒ぎの時間
     
     あなたは帰ってくるのだろうか


闇が部屋を覆う頃
ガチャガチャと鍵の開く音

懸命に泳いでみても
あなたは私を一度も見ない

窓辺に立ち 長いこと外を見ている横顔
あなたの心が私には解る


     あの人が好きだった
     あなたが待っているあの人
     私をいつも見つめていた
     眼には孤独が映っていた


今夜もまた 私を一度も見ないまま
明かりが消され一日が終わる

長かった一日
そしてまた明日 あなたの声を待つ

      私は金魚

あなたを待つだけの


あなたと共にいるだけの






自由詩   金魚 Copyright 深月アヤ 2006-11-05 23:14:25
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