太陽が喋った
杉菜 晃

―冬が来る前に一同集って
旧交をあたためようぜ―

Zからこんな招待状が舞い込んで
まあ、行ってみるか くらいの気持ちで
出かけていった
Zは中学時代の番長で
苛めっ子だった
俺はいつも苛められっ子

そんなわけで
大学に行ってからは
空手部に入って腕を磨いた
仮想敵としていたのは
いつもZ

おまえにやられていたおかげで
俺も腕が上がったぜ
奴の腹を鍛え上げた手でぽんと叩いて
言ってやるつもりだった

奴のマンションに来て
豪壮な造りに
むらむらと頭に血が上る
これを皆に見せびらかそうとしたわけか
しかし建物に空手を振るっても
こちらが傷つくだけだ
こらえてドアベルを鳴らす

Zはなかなか現れず
十年近い時が流れて
覗き窓が開く
そこに覗いているのは
熊の貌だ!

俺はたじたじとなって
ドアの前から逃れた
腰を抜かすほど動転して
ほうほうの体で街の広場に来ると
空を仰いだ
いつもの太陽が陽を降り注いでくる
だがいつもとは違って太陽が口を利いたのだ
―悪い奴はいつまでも悪い 悪者に復讐するのは神だ 
それが神のさばきだ 悪者を矯正できるのも神だけだ 
おまえが心を砕くことはない―
太陽は言って口をへの字に結んだ
俺は怒られた気がして しおらしくベンチに腰を下ろ
した
するとまた声がした
―言っておくが わしは神ではない 被造物の一つに
過ぎない 宇宙にはわしと同じような恒星は何億とあ
る 神は被造物ではない
万物の創造者だ わしは神に託されたことばを語って
いるだけだ だから祈るときはわしに向って祈っては
ならない わしのはるか高みに君臨する神に祈れ―
分かったよ 太陽
俺は急に気が楽になってそう言うと
一人住まいのアパートに向って歩き出した
そんなに偉大な神が
Zのことをさばくと言うのだから
俺のすることなんか何もないんだ
そう思ってしょぼしょぼ歩いていると
背中から太陽が追いかけてきて
―おい―
と俺を呼び止めた
―今神からの託宣があった おまえはこれから四丁目
五番地のY道場に行け そこで婦女子に空手を伝授せよ―
だって 復讐は神がするって さっき言ったじゃん
―復讐じゃない 護身のためだ―
太陽は言って 雲の中に隠れてしまった
急に冷え冷えとして 俺はぶるぶるっと身震いした
俺が打って変わって乱暴な口を利いたので
太陽め 苛めにかかったなと思った
寒さを防ぐために駆け足になって
その場所へ急いだ
Y道場につくと 婦女子たちが待っていて
―新しい指導者が来た―
と騒いだ
どうして新しい指導者だと分かったの
―だってさっき太陽が顔を出して そう言ったもの―
そうか 太陽はここへ来るために急いだので
急に姿を消したんだな
太陽が苛めたなどと考えたのが
恥ずかしくなって
よーし 護身術の伝授に及ぶぞ
今日から連日 休みなしだ ついてこられるか
―はーい 苛められっ子先生―
おしゃべりな太陽め そんなことまで話していたのか
照ったり曇ったり まったく落ち着きのない太陽だ






自由詩 太陽が喋った Copyright 杉菜 晃 2006-11-05 01:11:24
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