霧の朝僕は
石瀬琳々

霧の朝僕は
白い虚しさにまかれる
あるいは
あるかなきかの徒労に
世界は音もなく沈んで
僕一人を孤立させる部屋
あの夏の日
彼女が湖水に指をすべらし
その音のない水面みなもをなぞったように
僕の心を波立たせてゆくものがある


こぼれ落ちた髪が濡れるのも構わず
彼女は水に顔をそっと近づける
水鏡に映る自分の顔を覗きこもうと
今ではもうその顔も思い出せない
ただうなじの白さだけが
首の細さだけが彼女のすべて
かたわらにすり寄り
その唇に触れようとすると
分かっていたように
ふいに顔をそむけた


ある朝この窓を開けて
彼女は霧の中へと消えていった
その意味も分からず
その運命も知らず
後ろ姿の幻影だけが
今もこの部屋に僕を閉じこめる
ガラスに映る疲れた顔には
深い皺ばかりを刻み
僕は力なく顔をそむけた
あの日の彼女と同じしぐさで


霧の朝僕は
白い虚しさにまかれる
もしかしたら
はかない憧れの思いに
いつか僕もこの窓を開けて
霧の中へと消えていこう
あの夏の日を忘れるために
あの夏の日に還るために
霧の朝いつか
何もかも捨てて





自由詩 霧の朝僕は Copyright 石瀬琳々 2006-11-02 16:28:00
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