アンチ・アーレス
佐々宝砂
窓をあける
蠍座がみえる
もうそんな季節なのだ
夜明けまえ小さな田舎の駅にも明かりは点り
どこかからきてどこかにゆく青い電車が
轟音を引きずってゆく
さよならを言うまでもなかった別れ
はじめましてすら言わなかった出会い
に
わだかまる言葉の澱
私がどんなふうになっても
今年も夏は来るだろう
蠍座は当分のあいだ
蠍のかたちを保つだろう
窓をしめる
猫が夢のなかの何かに驚いて
小さな鳴き声をあげて目をあける
ここには何もいないよ
ネズミも虫も
何も
ユーロジンが効かなくなってきたので
やむをえずハルシオンを飲み
猫を抱き上げて
猫と布団にもぐりこむ
驚きたい
たとえ夢のなかの何か
ここにはいない幻の影であっても
かまわない
驚きたい
火星に対抗するものの光は
赤くとも
淡い
あとどれだけ待てばいいのだろう
蠍座は当分のあいだ崩れない
当分のあいだ