ラスト・カレーパン
ブルース瀬戸内

お腹が空きました。
理念なんかじゃ食欲は満たされません。
私の存在意義を消去法で見出されようが、
私の隠蔽されていた使命が
明らかになろうが、もう知りません。
お腹が空きました。


お腹が空きました。
今日を剽窃して明日を確かなものにしても、
食欲は満たされません。
実感してこその豊かさです。
勝手に希望を明日に放擲されても、
少々困ってしまいます。
太ったソクラテスになりたいだけなのに。
お腹が空きました。


お腹が空きました。
テーブルの上にカレーパンが一つあります。
カレーにしたってパンにしたって
食欲を満たすわけだから、
その無敵で不敵な
ハイブリッドフードであるカレーパンが
私の食欲を満たさないわけがないことは
周知の事実であることは検証を待ちませ、

あ、

妹に先に食べられました。

ラスト・カレーパンは妹の胃袋を満たしました。

お腹が空きました。


お腹が空きました。
そのことを妹に悟られるのは
姉の威厳を失墜させるので、
妹の前で
「あそこのキャビアは最高だったわ。
上の中ってとこね。もうお腹になんにも入らない」
とウソを吐きました。

漂う虚無の向こう側にいる妹から、
カレーの匂いがします。
ぷうんとする匂いは虚と実の間をくゆりながら
私の食欲を、もはや軽妙に刺戟します。

やっぱり、お腹が空きました。


自由詩 ラスト・カレーパン Copyright ブルース瀬戸内 2006-10-30 23:16:22
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