さくらはなぜさくの
十
さくらがみたいのと
おまえは呟く
けれども
おまえの為に
こんな時期に
桜は咲いてくれないのです
ようちえんにいきたいの
とおまえは呟く
しかし幼稚園は日曜日に
おまえの為だけに門を開けることはないのです
おまえの好きな田中先生も
恐らくは家で
それはそれは
のんびりしているのです
おかしがたべたい
とおまえは見上げる
でも昔から
ウチでは代々やはり
菓子は昼の三時に食べると決まっているのです
なので
菓子は昼の三時までやはり
おあずけなのです
さくらがみたいのと
おまえは呟く
けれども
おまえの為に
こんな時期に
桜は咲いてくれないのです
おまえがその窓から手を伸ばしたところで
あの薄桃色の花弁には
触れることはできないのです
なぜさくらはさくの
おまえは聞くけれど
やはりそれはおまえの為ではないのです
おまえの為に咲くのではないのです
おまえにいつもこっそりと飴玉をくれる
おまえのおじいちゃんも
おまえの髪を可愛く括ってくれる
少し年上のおまえの従姉妹も
そして
いつも優しくしっかりとおまえを抱き上げる
おまえの母も
やはりおまえの為だけには生きてはいないのです
でも
おまえの為に
皆毎日祈っているのです
春にしか桜の咲かない
この世界に
おまえがやって来た日から
皆毎日
おまえが傷つかないように
おまえが幸せにであるようにと
想っているのです
おまえを迎え入れたのは
おまえの為には
桜が咲かない世界
だから来年の春にはきっとおまえの手を引いて
おまえが生まれて初めて
きれい
と名づけたものを
見にゆこう