ぬけがら
九谷夏紀


あの人が私に与えたものを思い出す

いま私が居られる唯一のこの場所で

ここにはひとりの静けさが満ちて

地下室のようにひんやりとして

ぬけがらばかりがころがっている

それぞれのぬけがらに分身が住みつき

私とはかけ離れて成長している

不気味な気配が漂う

ぬけがらにとっては

この上なくここちよく

ついぬけがらでいることがあたりまえのように思えてしまうのだ

ぬけがらなど

本質を育ててしまえば

本来不要で

土に帰ってゆくものなのに

そのぬけがら自体になってしまうなど

そのさきゆきを志願でもしているのか


けれどもぬけがらとしては

ただまどろんでいたいだけで

自己主張などしない

私はあまりにもぬけがらになりきってしまっていて

自分がぬけがらであるとは思わずにいたのだ

気付いたのは

私の右手が

つよく握られたとき


ぬけがらがざわついて

そのざわつきはぬけがらなりの危機感のようで

抵抗力までもあり

その歪みかたと衝突に

ぬけがらの空洞をみる


そのざわつきの波は大きく

変わらぬ環境を置き去りにして

目などはもうつぶってしまって

その波に呑まれるままに身をあずけてしまいたい

(おそらく波はからだを越える)

(このぬけがらを流れ出してしまえたら)


ざわつくぬけがらの中で思いは巡る

これまでに出会った人たちが私に与えていったものを

ある人の情欲は

男女や男女を超えた関係を

永久に保つ最後の手段のように思えた

泣き腫らしながら理解したつもりでいても

それは私のものにはならずに

ただぬけがらの原形となり

またある人は

すべてをつつむやさしさを私に向けてくれたようではあったが

互いの本質を探ることさえできない関係上

それに救われるのはうわべまで

「相手のすべては永遠にわからない」

そんなことも真理のような気がして

見失い

得たものは

更に増えたぬけがら


ぬけがらでも困らない

私は今、生きている

しかし君が私に与えた

君のちからを

右手に感じ

不安になる

(このぬけがらは不要物)

と同時にぬけがらの気配も軽くなる

(脱却ははじまった)

私は

新たに出会った

つよく握られた右手を

せいいっぱい握りかえし

そのつないだ右手のゆくすえに

希望をつなげて

そのための今を変えて

未来につなげる







自由詩 ぬけがら Copyright 九谷夏紀 2006-10-21 16:02:53
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