深層心理の怪物
吉田ぐんじょう

母が二階で
掃除機をかけている
天井が振動
する度に埃が落ちる

右側の窓を
あけておくのを忘れてしまった
閉めっぱなしでは祖母が
家の中に入ってこられないのに

あら
右側の窓を
誰かが叩いている
祖母だろうか
立って行くと
箱に仕舞われたままの
掃除機につまづいた

おや
では母は如何にして
掃除機をかけたんだろうか

窓の向こうには誰も居なかった
掃除機の音は止んでいて

調子が狂うな
と思いながら元通り
ちゃぶ台の前に正座した

本当は気づいているのだが
気づかない振りをしているのだ

わたしは今までに一度も
母と祖母を見たことが無い
だから掃除機をかけるのも
窓を叩くのも
母や祖母ではない
きっともっと恐ろしいものだと思う
深層心理の怪物とか
何かそんなのだと思う

此処が何処であっても不思議ではない
名前や理由を付けて解決するのは簡単だが
わたしはもう少し此の侭が良い
呆然として沈黙していたい

表象や表徴や表層
眼に見える分わかりやすくて宜しい

焦げ臭いにおいがする
火なんか使っていないのだけど
コンロを見に行くと
鍋の中で恋愛感情か何かが
煮えたぎっていた
もうところどころが真っ黒だ
切ないな
と思いながらかき回して蓋をした

それから右側の窓を開けて
はだしで庭へ降りてみた

太陽は多分一年前から
同じ位置の侭
不自然なくらい明るくて

誰かが内側から鍵を閉めてしまったようだ
わたしは途方にくれながら
右側の窓をほとほとと叩いた



自由詩 深層心理の怪物 Copyright 吉田ぐんじょう 2006-10-13 11:10:10
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