くじらのいるそら
夕凪ここあ
昨日のこと。
夕暮れる空をくじらは泳いで
大きなくじらのそばには
半分ほどの大きさのくじらがいます。
小さなくじらは泳ぐのが苦手なので
大きなくじらよりも先に
尾が橙色に染まってしまいます。
橙はたいそうあたたかく
それをえらく気に入った小さなくじらは
とうとうお腹のあたりまで夕暮れ色です。
心配そうな大きなくじらに小さなくじらは
夏の真ん中にいるみたいなんだもの
と、ころころ笑いました。
夏はとうに過ぎ去り肌寒い風が取り囲みます。
真っ白な体のくじらたちは何もかもに染まりやすいので
故郷の海に帰るために道を急がねばなりません。
(夜の色に染まってしまっては、
空と体とが溶け合ってしまいますからね。)
あんなに向こうまで見渡せるというのに
懐かしい海は欠片も見えてはきません。
小さなくじらは大きなくじらの後ろですっかり橙色です。
大きなくじらはその色に懐かしさを覚えましたが
すぐに小さなくじらの手を引いて
もう後ろを振り返りませんでした。
(何故って、夕暮れの終わりに夜が見え隠れしていましたから。)
大きなくじらは故郷の海を想って音もなく鳴きました。
鳴き声は、すぐに風になって遥か下に見える
木々や木の葉を揺らします。
ざわめきはすぐにくじらたちのもとまでやってきます。
(何しろ、もとは鳴き声なのですから、
自分たちに聞こえなければおかしいですからね。)
そしてその声は故郷の波の音のようでした。
大きなくじらのお腹の下に隠れていた
小さなくじらが小さく小さく震えます。
気づけば、あたりは夜に包まれています。
それはまるで故郷の海の懐かしい色でした。
夜がすっかり深まった頃、
くじらたちを見たものは誰もいません。
それもそのはず、その時間は町も人も森も小さな花でさえ
明日を迎えるための眠りの中にいたのですから。
それにこの町には、くじらが帰るべき海はなかったのです。