「幸せの花束」〜奥主榮・白糸雅樹さん結婚の日に〜
服部 剛

日曜の午後 
立川のカレー屋で行われる結婚式で 
新郎新婦に贈る小さい花束を傍らに 
大船駅から乗った東海道線に揺られている 

向かいの席に座った空色の服の女は 
携帯電話を鞄の上に持ったまま俯いて 
黒髪に隠れた顔が見えない 

眠って揺れる頭の上で 
壁の取っ手に吊り下げられた 
ビニール袋の水槽に 
一匹の金魚が黒い瞳を丸くして 
何やら呟くように 
小さい口をぱくぱくさせながら 
窮屈そうに泳いでいる 

台風が過ぎ去った空は澄み 
窓から射す強い陽射しを避けようと 
先ほど起きていた向かいの女と僕は腰を上げ 
両端を持ってブラインドを下ろした 

 *

横浜駅で停車して 
乗客が増えた車内のドアは閉まり 
プラットホームに溢れる無数の人々を横目に 
列車は加速していく 

西の空に傾き始めた 
ブラインド越しに輝く太陽 

この車内で 
この国で 
この地球上で 
無数の物語を生きる人々が 
歌い 
怒り 
泣き
笑う 

「無数の昨日」へ葬られてゆく 
二度と戻らない「今日という日」  

  * 

一昨日
親父・母ちゃん・婆ちゃんは 
富山に嫁いだ姉と孫娘の家へと 
羽田空港から飛んで行った 

今頃 
がらんとした僕の家の仏壇には 
花瓶に生けたりんどうが 
紫色の両手を包むように 
祈っている 

一週間前 
十年目の命日を迎えた 
作家のE先生を「偲ぶ会」で 
余った花を束にして 
持ち帰ったりんどうは 
僕が結婚式に出かけて行く時 
ドアを開いて振り返ると 
嬉しそうに祈りの花びらを少し開いていた

今頃
E先生の奥様は 
福島の空の下で講演をしているだろう 

今朝
「親父が倒れた」というメールをくれた 
両手両足が動かない障害者の詩友は 
今頃 
西東京の自宅でヘルパーに介護されながら 
入院している父を想い
思案に暮れているだろう 

今夜 
かつて想いをよせたあのひと
嫁いだ広島の空の下で
夫の為に厨房に立ち 
まな板の上、野菜を刻む音を立てるのだろう

それら全ての人々に 
僕は何ができるでもなく 
只 東京行きの東海道線に揺られて 
瞳を閉じる 


( 暗闇に浮かぶ 紫の祈りの花 )  


  * 


「 まもなく東京、東京でございます 」 

向かいの席の女と 
ビニール袋の水槽の中で泳いでいた金魚の姿はすでに無く 
腰を上げた僕はブラインドを上げると 
車窓の外はいくつものホームが並ぶ東京駅 

中央線へと乗り換える
長いエスカレーターのトンネルで
上へと移動する行列に並びながら 
二度と戻らない「今日という日」を想う 

薄明かりのらんぷが灯るカレー屋で 
新郎新婦に贈る 
小さい花束を手に 








自由詩 「幸せの花束」〜奥主榮・白糸雅樹さん結婚の日に〜 Copyright 服部 剛 2006-10-09 01:27:24
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