ふたりの秘密
チアーヌ

11月に入ると
街は雪への準備を始める
明け方凍るような寒さが
布団の中まで忍び寄るとき
窓の外に広がる庭では
チューリップの球根が眠り
その上の土は
ほんの少し盛り上がっている

女子高ではみんな訳もなく元気
蒸れるような若さが
スカートの中に充満している
寒いからと
タイツの上にジャージを穿くのは
もう少しあとの話

音楽室のスチームは
いつもほんのり暖かい
そこへあつまり他愛のない話
もちろん男の子のことや
購買で買えるパンの種類のことなど
そこへやってくる先生は
推定50代の独身女性
「処女に違いない」と
もっぱらの噂で
今思えば昔の女子高には
処女にしか見えない独身の女先生って
結構多かったですよね
女の園は美しく気高くなければいけません
ほんとわたしったら
失礼な上に下品な女子高生で
すみません
でした

「さあ歌いましょう」

 つきよのばんに
      つきよのばんに
 ぼたんがひとつ
      なみうちぎわに
 おちていた

「ダメダメ。あなたたち、発音が悪いわ。
 日本語はね、そんな風に、歌ったらダメなの。
 正しい発音の仕方はね、」


はーい、せんせい


冬の日の落ちるのは早い
放課後の練習時間はあっという間に過ぎて
さあもう下校の時間
一人減り二人減り
もうみんな帰ってしまった
音楽棟と普通科棟の間には
高い天井の廊下があって
そこだけまるで教会みたいに
声が響いて
誰も来ないときは
わたしは友達と
よくそこで歌った

 気持ちいいね
 うん
 まるで吸い込まれるみたい
 どこに?

「わたし、たぶん、今日のこと忘れない」
彼女とわたしの秘密

春にはその場所を離れて
もう戻れない時間に別れを告げて
二度と腕を通すことも無かった制服は
いつのまにか消えてしまったけれど

わたしはとても幸せでした









※詩 中原中也、作曲 三善晃 女声合唱組曲「月夜三唱」から一部引用





自由詩 ふたりの秘密 Copyright チアーヌ 2006-10-06 12:02:14
notebook Home 戻る