荒川洋治を読んでみる(三) 『ながあめの自治区を』
角田寿星

「ながあめにつれそってもうふたつきになる。みずいろの笹。みずいろの岩。みずいろのほら。」

結論から言いましょう。寧夏回族自治区を舞台に選んでしまったがために、この詩世界は、完全に破綻してしまいました。そんなことでは、いくらことばを尽くされたところで、とても読めたもんじゃありません。

いきなり何を言ってんだこのおバカちんは、と思ってる方々に解説いたします。寧夏回族自治区は、中国の北の辺境にある、ちいさな(といっても面積は九州くらいあるし、人口も500万人を越える)地区です。中国内に回族、イスラム教徒は900万人くらいいるそうですが、そのうち200万人ほどがここに住んでるそうな。内蒙古(モンゴル)自治区の南、黄河がおおきく北に彎曲するとこにちょうどあって、黄河流域にある寧夏平原は重要な穀倉地帯。井上靖の『敦煌』でも有名な西夏王朝の都は現在の省都、銀川付近にあったそうです。

問題は、この地域の年間降水量。南部の3000メートル級の山々がそびえる高地でこそ400〜600mmですが、北部の寧夏平原あたりは、200mm。省都の銀川にいたっては、167mmだと。いやあ、なんかの間違いじゃないかと何度も資料を読みなおしましたよ。聞いた話によると、砂漠にならないぎりぎりの年間降水量が200〜300mmということで、穀倉地帯でこの降水量はないよなあ…やっぱり砂漠化がかなり進んでいて、おおきな社会問題になってるそうですが。ちなみに毎年照り続きのイメージが強い四国の高松は、年間1124mmだそうで、寧夏自治区の雨の少なさは尋常じゃないよね。

と、ここまで書くと、もうお分かりでしょう。この地区に二月も長雨が続くはずがない。一日10mm程度のしとしと雨を降らしても、半月で種切れ、ジ・エンドです。なんでこの自治区を選んだのか理解に苦しみます。ったく、もちっと考えて書けよ、荒川。
しかもこの詩、徹頭徹尾、水びたしなんです。多分、坐ってる大腿のあたりまで、ゲルのような澄明な雨水が侵蝕しています。埋められた青銅の器、こぼれんばかりにたたえる水…言っちゃいます、これ、ほとんどギャグの世界です。
「寧夏回族自治区。その虚実に這いいる緊切なあまあし。」…全部「虚」だろ。荒川のウソつき。

少しだけ弁護もしてみましょう。

1)「ながあめ」は、ほんとうの雨ではない。
あれだけ「水」「水」と書いておいて、今さらそんなこと言うのはおこがましいんですが、例えば、世界を形成する物質としての水、長雨。作者の澄んだ心情を代弁する立場としての水、長雨。あるいは前述した西夏王朝、その文献、思い出のよすがとしての歴史の水、長雨。
…どーして読者が、作者の意図をそこまで汲んでやんなくっちゃいけないんだよ…思わずキレそうになっちまった…。

2)地図をよおっく眺めてみましょう。
きっと作者もそうしたはずです。そして妄想を最大限に膨らましたと考えられます。
見るとこは、モンゴル(外蒙古)、内蒙古自治区、寧夏回族自治区。
内蒙古自治区が、モンゴルを容れる器に見えます。そして寧夏自治区は、その器の鼎、つまり脚の部分に見えますね。作者が「みずいろのきわ」に埋めた「目分量の」「青銅」、きっとそれが、この地図上の器です。

なんか大喜利みたいになっちまいましたが、おあとのよろしいことで。

用語解説。

「廃立も歇んで」…廃立は、ほんとは家臣が君主を取り替える時につかう言葉らしい。ちょっとした比喩になってるね。「歇んで」は、「やんで」と読むみたいです。休んだり止めたりすること。間欠(間歇)泉のケツです。

「ほらぶかい概量の青」…うーむ、独特の表現だね。「ほらぶかい」は、中国語に「洞深」という言葉があるようです。意味は、洞穴の深さ…あー、苦労して調べたのにー。概量は、おおよその量でいいでしょう。

「しめった山繭」…はっきりとシルクロードを意識しています。ただし寧夏回族自治区は、古来のシルクロードからは外れてます。起点は西安だからね。きっと荒川は、後の詩の主題になる北京〜包頭〜銀川〜蘭州の包蘭鉄道を、現代のシルクロードに準えたんだろうね。

「自治の端城」…「はじろ」と読みます。本城に付属する小さな城で、支城、枝城とも言います。拡散した水や意識、自治区に散らばる城のイメージ。

「好個の」…ちょうどよい、という意味だってさ。

「布達」…ぬのたち、と読んではいけません。「ふたつ」と読みます。官庁とかが、一般に公布する知らせのことなんです。

…それにしても美しい詩だと思う。


散文(批評随筆小説等) 荒川洋治を読んでみる(三) 『ながあめの自治区を』 Copyright 角田寿星 2006-10-03 00:11:53
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