say
れつら

いとうさんと飲んだ


あしたのあたしはあたらしいあたし
という一文があって誰の詩か思い出せない
みたいな話をしたような気がするけれど酒のためか思い出せない

いとうさんと飲んだ
みたいな気がしたがそれも酒のためか思い出せない
みたいな話はどうでもいい


予備知識として
・いとうさんは浮気を本気でする
・大切な単語は「あ」から始まることが多い
・以上二点のように考える人が存外多いらしい
三点目については不確定な事実
それにより前に挙げた二点も不確実になる

今よりも記憶のほうがよほど激しい
折りたたみ自転車は折りたたんだらちっとも自転しなくなるから信用ならない
いとうさんと飲んだことが今のおれを支えています
みたいなのは、だから、たぶん、嘘
ぎちぎちと軋みをあげて回転する関係に火花が飛び始める
これは嫉妬の比喩
思いついただけ
いとうさんとは関係しない
いとうさんとはうまく噛み合わない
いとうさんの回転数にあわせて回転していたらいつのまにか随分遠くまで来ていた
いとうさんありがとう
ありがとう

別に大切でもなんでもない
事実
ここに今立っている
いとうさんはたぶん寝ている
それか飲んでいると思う
仕事をしているなんて思いたくないから思わない
するとそこに寄り添うようにいとうさんは酒を飲み眠る

予備知識を補記する
・いとうさんは い と う で出来上がっている
・い と う の間には特定の音は設定されていない
・い う は英語では"say"と訳される
三つ目はこの件とは直接関係ない

いつのまにか長い坂道が終わっている
いまのおれだって充分あたらしいぜ
とか言う
いとうさんが生きている
いとうさんが酒を飲んでいる
いとうさんは仕事をしている、たぶん
おれの知らないところでセックスもしているだろう
いとうさんは生産しているだろうか
いとうさんは教育しているだろうか


いとうさんが愛しているはずはないし
いとうさんを愛しているはずもない


いとうさんと飲んだ

愛したい愛したい愛したいと書いているうちは結婚はできないよ
と言われたような気がするけれどそんなことは忘れてしまった
正確には
そういうふうに言われたという事実については忘れてしまった
そうかもしれない、とは思う





いとうさんが死んでいる
誰もいない部屋でひとりで死んでいる
彼の妻は当然それを発見したが
とたんに家を飛び出して誰かを呼びに行ったようだ
あからさまであることまでは受け入れられたが
その次にやってきた し については受け入れきれなかったもようだ
そうして呼び出されたもののなかにおれがいる
いとうさんはある意味で孤独死だ
けれども我々はみんなそうなると思えてしまったので
誰もが顔を見合わせて誰かを責めたりはしない
いとうさんが罪を均等に分配した結果だ
いや
いとうさんは罪を適切に分配して
その結果我々は均等に緊張した
いとうさんだけがひとしくなかった
しょうがないから我々全員でいとうさんにちょっとずつ罪をくれてやった

目をあけるといとうさんがいてびっくりした
いとうさんは俺を少々馬鹿にしてその後も結構な量の酒を飲み
つまみを食いながらそれを運んできた店員にダメ出しをして
でもつまみに関しては納得していたようだったのでたぶん生きているなこの人、と思った
その時はそう思った
どうやら少々眠ってしまっていたらしい
その時はそう思ったと思う

それから、意味はあとから来て先に立つ
これは厄介だ、といとうさんの武勇伝に適当に相槌を打ちながら思った
し、これは今でもそう思う


ひととひととしとひととひととのなかで
いとうさんの名前がひとしだったらよかったと思った
かどうかはどうでもいいし覚えてもいないから今作った
今まで話したことは今ぜんぶ作った






basement on "あからさまで", "anger"
inspired by chori"あをの過程", いとう"つみうみ"
この詩は8割方フィクションであり実在の人物および団体に殆ど関係ありません。


自由詩 say Copyright れつら 2006-09-28 04:20:18
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