弾痕
ゼッケン

彼は
知性と野生の織り成す
一枚のみごとなタペストリーのようだ
ぼくはそう思った

彼の祖父は
満州の将校だったそうだ
日本本国が占領されて戦争が終わったとき
東京で死刑にされるところを
アメリカ人となにかの取り引きをして免れたらしい

おれのじいさんは悪人だったのさ

そう言って皮肉っぽく浮かべた彼の笑みは
自嘲に見せかけた自慢だったと思う

彼は父親のことはしゃべらなかった
母親はきれいだった、元華族の家柄だったと言った
兄弟はいるのかどうか分からない
友人が多かった
なかには子分や用心棒気取りもいた
はたから見ればぼくもそういうひとりなんだろう
彼は彼のマンションにいつも見知らぬ誰かを住まわせていた
男のこともあれば女のこともあった
彼は拾ってくるのだと言っていた

どういうコネがあるのか
背広を着た背中にちょっとちがう雰囲気のある男が
彼となにかを話していて
男はぼくを見ると彼に頭を下げて帰っていった
なんか、こわい人だったけど と、ぼくが言うと
ボーリョクダン と、彼は答えた
へえ ぼくは必要以上に驚いた顔をつくって彼を見た
彼はぼくの非難の視線を手で振り払うようにして
おれじゃない。父親に頼み事があるんだ、あいつら
それがなぜ、きみのところに?
知るか! 彼の声は不意に高まり、彼自身を気まずくさせた
ぼくは困った。彼は不機嫌になるときまってあの錠剤を飲むからだ
それで今夜のパーティーは、ぼくの苦手な種類のものになった

彼の加速された大盤振る舞いによって、みんなひどく酔った
全員が誰かしらと身体のどこかをつなげていた
アルコールもクスリも体質に合わないぼくは
ひとりで
キッチンに引きこもって大量の食器を洗うことに専念していた
彼らの幼稚さに腹が立っていた
洗い終わったら帰ろう
おい、来いよ
彼の呼ぶ声が聞こえ、命令口調が癇に障る
ぼくはもう帰るよ
そう言うためにリビングの扉を開けると
クラッカーがいっせいに鳴らされ、ハッピーバースデーが歌われた
日付が変わって、今日はぼくの誕生日だった
彼はぼくにウインクして、ぼくの肩を抱き、シャンパンのグラスを持たせた
ぼくは下戸だが、ひといきにグラスの半分ほどを飲んだ
何かが混ぜられていた
彼が笑って何か言い、ぼくの隣には女の子がいた
意識はちぎれるほどに長く引き延ばされ、一瞬にしていきおいよく縮んだ
ぼくはソファに座っていた
彼らは丸いテーブルの周りを囲んで座っていた
夜明けの時間だった
全員が黙っていた
テーブルの上には拳銃が載っていた
彼は拳銃を手に取り、6連発式のリボルバーに銃弾を一発込めた
だらしなく垂れたペニスをズボンにしまって、ぼくはソファから立ち上がった
ロシアンルーレット?
似たようなものだが、
彼は二発目の弾を込めた
すこしちがう
眼球の毛細血管が破裂して、彼の左目は赤く染まっていた
彼は五発目の弾を込めると弾倉を勢いよく回転させ、拳銃をテーブルに戻した
さて、諸君、おまえたちはおれのようになりたいと言った
願いをかなえてあげようと思う
引き金を引きたまえ
男も女もじっと座って動かなかった
始めろよ、早い者勝ちだぞ
誰かがおれになる
そして残りは全員死ぬ
死ぬと聞いて、女の子がぴくりと肩を震わせた
それが彼の注意を引いた
おまえからだ
わたし、できません
おれになればできる
わたし、わたしのままでいい
嘘をつくな! おまえはおれになりたがっている
おれのを咥えたみたいにこいつを咥えろ!
彼はテーブルを拳で叩き、思わぬ大きな音がして、女の子は漏らした
足元の床に薬品くさい水たまりが拡がる
彼は拳銃に手を伸ばし、僕が横取りする
はい、ここまで。みなさん、おつかれさまでした
女の子をこわがらせて、こんなの、きみの趣味じゃないだろ?
きみの趣味じゃないだろ? 
彼は奇妙なしなをつくって身をくねらせ、ぼくの言葉を鸚鵡返しに繰り返した
彼の下品な揶揄にぼくは戸惑いつつも、予感があり、自分の顔から血の気が引くのを感じた
ホモのオナニー野郎 彼は言った
おまえ、おれを見ながら一晩中そこで自分のをしごいていたな
変態だな、おまえ
ぼくは彼に銃口を向けた 彼はシャツの胸をはだけた
おれになれるのはおれだけだ
おまえはおれを指をくわえて見ていることしかできない
いや、おれのを咥える夢を毎晩みていたんだろ?
ぼくは天井に向けて引き金を引いた 銃声が鳴り響いて
金縛りのとけた男たちと女たちが部屋から逃げ出した
ぼくと彼しかいなくなった部屋で ほら、とぼくは言った
ほら、ほんとうならきみはいまごろ死んでいる きみの運なんて
すごいだろ? ほんとうならいまごろ死んでいるはずのおれに弾は当たったか?
どうしてだろうな 昔からそうだった おれは選ばれているのか
彼はぼくに近寄ってきた
どうしてだろうな
ぼくは彼の足を狙って撃ったが、外れた
どうして他人はおれになりたがるんだろうな
おまえでさえおれになりたがっている
おれは求められる
おれは求めない
おれはおまえたちを憐れんでいる
彼は拳銃を持ったぼくの手を両手で包み込むと
銃口を彼の胸に押し当てた 熱くなった金属が肌を焼く白い煙があがり、いやな匂いがした
さあ、引き金を引いてくれ おれをおまえの手で完成させてくれ
引き金を引く直前、彼の手を振り払い、ぼくは銃を口に咥えた

カチン、と音がして、弾丸は発射されなかった

ぼくは彼から盗んで、ぼくは望んでいたものをすべて手に入れた
彼はぎゃあと叫んで、ぼくを殴りつけ、拳銃を奪い取って引き金を引いた
ぼくは腹の穴から内臓の破片を飛び散らせて床の上を転げまわった
おれはおまえになっちまったのか!?
ぼくがきみになったんだ、きみがぼくになったかどうかなんてもはやどうでもいいくだらないことだが、せいぜい長生きしたらいいと思う、ばーか
彼はもういちど引き金を引いてぼくを殺した
拳銃には弾がもう一発残っていたはずだが
彼が自殺したかどうかは知らない


自由詩 弾痕 Copyright ゼッケン 2006-09-25 08:41:17
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