ゆびあと
服部 剛

金髪の中年
若い未亡人
ぎこちない青年

3人はうどんの出る喫茶店で
食事を共にしていた

丸テーブルの真ん中に
輪菓子(ドーナツ)が置かれていた

スポンジの空洞の上で
3人は組み合わない小指の結び目を保とうとしていた

( その間にも
  不器用な左手の箸でつまみ上げた
  うどんがそれぞれの口に吸いこまれる
  「ずずず」
  の3重奏は終わりを知らず
  やがて 日は 暮れた )

ねぎと七味を浮かべた
冷めたおつゆの残り香ただようどんぶり
の傍らに
消えそうで消えぬ蝋燭ろうそくの灯がにこやかに踊り
3人のほほに笑みをもたらす

隣席で読書をしていた最後の客が
「ごあいそう」と席を立つと同時に
輪菓子(ドーナツ)の上で
結んだ小指をほどいた3人は

「ごちそうさま
     ごちそうさま
       ごちそうさま」

と3重奏の言葉をレジのママに告げ
金は払わず
白く濁った涙の固まる 
背の低い蝋燭一つ置いて
店を出ていく

(「ちゃりん ちゃりん」と鳴く鈴の音を
  そっと封じ込めるようにドアを閉めて )

都会の交差点
 
金髪の中年は、西へ
金曜日の恋人を探しに ゆく

若い未亡人は、東へ
夜の仕事に ゆく

ぎこちない青年は、北へ
サラリーマンやOLの群が
小脇に抱えた「空洞」に
秋風が吹き抜け
小鈴が鳴るのを横目に
別れた3人がほじった
指跡残る輪菓子(ドーナツ)の
ラップに包んだ欠片を
コートのポケットに入れて

北へ、北へ ・・・

「あるかなぁ ぬくもり」
「歩かなぁ 独りの手でえぐる夜を探して」
 と一人ごちて

  こつ こつ こつ ・・・・・

腕時計を巡る秒針の音で
心臓に内蔵されたメトロノームのリズムで
夜のアスファルトに刻みゆく 渇いた足音

   こつ こつ こつ ・・・・・


自由詩 ゆびあと Copyright 服部 剛 2004-03-12 16:42:25
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