晩夏への手紙
モーヌ。




八月 二週 また 入院暮らし...
ガラスの塔のなかで、優しいひとらに、接しながら、病と添い寝して。
夏は、晩夏を迎えて、( もう、立ちつくし、亡くなっているのかも、しれない。 )
失われたものに、培われた時から、ぼくは、また、つづきを、はじめていた。


.........


そこでは、季節が、わからない。完璧な、防音と空調があって、採光の明るさだけが、夏を喰らっていた。ぼくは、夏を忘れ、感覚が、絵のなかの海のように、凪いで、固まりつつあった。
病院の、食堂・休息室の窓からは、築地市場、隅田川と、虹の橋、お台場、羽田、東京湾、房総半島...貼りつく千葉の、小さな町町が、開襟シャツの、夏襟に映り、とおくを揺れる、白いボールを、スローに、ゆっくりと、投げかける。ぼんやりと、虚力で見つめて、飽きずに、その、アダジオのなかで、繭を、織った。
船運が盛高し、そんな、白く水脈を、眉のように曳いて、のぼりくだりする、船舶たち、かもめたち、入道雲とランデヴする、航空機たち。そのうえに、かれらの機動の、優美な清らかを、くちづけで、楷書して、捺す。...





椅子に腰掛けて、窓のまえで、読んでいた、ぼくの手元の、古い本から、活字が、飛翔する。





” 海の光景はどうしてあんなにも限りなく、あんなにも永遠にこころよいのか?
なぜなら、海は広大さの観念と同時に動きの観念をさしだしてくれるから。 ”
                        ( 赤裸の心 ボードレール )





広大さと、動き...たしかに、それは、そのタブローに、描かれて、あった。
ぼくの、ことしの、残暑見舞い、それは、いのちの脈動を、生きて、動くものが、いった。
みずいろと、白たち... 優しく抱かれて、ぼくは、病のブルースを、噛んでいた。ビターなのに、甘く、泣き声がする。それは、かなしみではなしに、無垢な、喜びのミルクの匂いがする、まだ、おしゃべりのできない声だ、姿だ。撒かれた音符...世界を希求している、祝祭に、火吹いた。





彼女が、携帯に、送ってくれた、ぼくらの、坊やのムービーが、手元に。...
きみの魂の影を、裏ごしした、フィルムは、リール音を、あげながら、雪崩れて、いった。
太陽が、あります。この夏だけの風が、あります。花屋の軒先で、入院前、求めようとした、なでしこの清潔が、あります。脱ぎたての、蝉の抜け殻の、早朝のひかりが、直立します。きみのまあるく、ピンクの指は、真っ赤に燃える夕雲を、散らします。十二小節の短いソロを、匂ってゆきます。カデンツァを、抱えてゆきます。とどめるための、強奏主和音が、天界を、強くは響かないフォルテで、天の頂に、なで溶け入って、澄み渡り、黙祷しました...





翳のない、ひとみで、きみが指し示すものは、ぼくには、みんな、新しいです。
ぼくは、学童一年生です。花よりも、鳥よりも、月よりも、風よりも、あんなに大切だって、思われた詩なんかよりも、それは、ことばにしては、月並みになってしまうけれど、驚愕で、いっぱいに、なってします。
黒の純潔は、季節の白たちと、個性で屹立し、しかし、和音を、蒼穹に、巣立って、ゆきました。
二恒星をまたぐ、ささやかながら、いとおしむ遍歴に、もう、ひとりではない、ぼくらは、ありました。
そんな、夏でした。とおくに、愛するものたちを想い、いろいろな、事物や、風光の、銀幕に、離れた、おもかげを訪ねる、日常のなかの旅でした。
きみや、きみたちは、事物や、風光も、みんな、一年生に、してしまうよ。
ぼくの、ボヘミヤガラスの夏の、自由研究の、雲母のノートが、埋められる。
へたくそな、おおきな文字で。違ったように、いつものように。
眼のなかで、東京の海の汽笛が、かすかに、破裂して止むと、音もなく、波もなく、うちあげられていった、湾岸の花火たちの、惜別を、聞いた。





陽射しの、あふれる、なかで、
...さよなら、夏の日たち。














自由詩 晩夏への手紙 Copyright モーヌ。 2006-09-03 16:39:07
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