「 彼。 」
PULL.







彼がいる。
此処彼処に彼がいるので、
落ち着いて眠れない。

彼は日暮れになると満ち満ちてくる。
丑の刻を迎える頃には、
遙か彼方まで彼で満たされる。
此処はもう彼でいっぱいで、
少しでも動けば彼に触れてしまうので、
わたしは身動きがとれなくなってしまう。

彼は何時の間にか消えてしまった彼なので、
何処に行った彼なのかも、
何処から来た彼なのかも分からない。
ふと気が付けば何時も其処に彼がいて、
わたしは何時ものように彼を受け入れる。

何時もが何時からなのかは、
何時のまにか分からなくなってしまった。
分からなければならないような気もするが、
分からなくても好いような気もする。
だからといってどうでも好いのではなく、
それはそれなりに分かりたくはあるのである。

確かなのは彼が其処にいる。
ただそれだけのことなのかもしれないし、
其処にいない何処にもいない彼であっても、
また確かなのかもしれなかった。

彼がいる。
此処に彼がいる。
彼がいると眠れない。
眠れないので起きている。
ずっと起きていると、
やがて眠くなってくる。
だけど彼がいると眠れない。
眠れないので起き続けている。
起き続けているうちに空が白んでくる。
空が白みはじめると彼は薄くなる。
薄くなった彼は何処か寂しげで儚い。

儚い彼は何時もの彼ではないようで、
はじめて出逢った頃の彼のようだ。

彼は夜明けとともに引いてゆく。
彼方まで満たされていた彼は、
もう何処にもいない。

そしてわたしは何処までも彼の待つ岸に辿り着けないでいる。












           了。



自由詩 「 彼。 」 Copyright PULL. 2006-08-30 07:10:42
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