嘘の物語
アンテ

                           (喪失の物語)



彼女が大切にしている
ガラスの瓶には
嘘のかけらがたくさん詰まっていて
かけらをひとつ噛み砕くたび
嘘をすらすらとつくことができた
なにかに行き詰まったとき
どうにも身動きがとれないとき
かけらを食べて嘘をつくことで
窮地を脱することができたが
次の日には効力が消えて
つじつま合わせに奔走するはめになり
もう二度と嘘などつくまいと誓ったが
別の問題が起こると
彼女はやむをえず入れ物に手を伸ばした
歳を取るにつれて
一筋縄ではいかない問題が増え
より複雑な嘘をつくためには
かけらを幾つも口にしなければならず
効力が切れるまで何日も嘘をつきつづけた挙げ句に
自分の居場所を失うはめになった
いっそ 嘘をつきとおせばいいのだと
ある時彼女は決心して
瓶のかけらをすべて頬ばって呑み込んだ
すると突然頭のなかがめちゃくちゃに掻き回されて
うずくまって何度も吐くたび
彼女だったものが欠け落ちていった
ようやく痛みがおさまった頃には
本当のことがなにも思い出せなくなっていた
とにかく気持ちが落ち着いたので
空っぽになったガラス瓶を抱えて外へ出た
落ち着いて街をよく見ると
たくさんの嘘が人のふりをして
あちこちに紛れ込んでいて
そのせいで人々は混乱し互いに憎みあっていた
嘘のひとりを捕まえてみると
怯えて逃げ出そうとするので
両手でぎゅっと挟み込むと
輪郭が崩れて元のかけらにもどった
ガラスの瓶に入れると
からんと乾いた音をたてた
街じゅうの嘘を捕まえて
全部欠片にもどしおえた頃には
瓶はかけらでいっぱいになった
しっかりと蓋をして
高く持ち上げて空にかざした時
底に名前が書いてあることに気づいた
何度か声に出してみると
心のなかでしっくりと落ち着いた
新しい名前で
もう一度最初からはじめてみよう
瓶を軽く振ってみると
かけらが乾いた音をたてた






自由詩 嘘の物語 Copyright アンテ 2006-08-22 01:13:51
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