死への誘ない
ajisai

幼い少女の顔は蒼白で呼吸も浅い
傍らには少女の父親と母親が涙を堪え
白い小さな手を握りしめていた

少女は朧げな目で天井を見上げていた
そこには黒髪、黒装束、黒い翼の少年が
宙に浮いて少女を見下ろしていた
少年の月のようなトパーズの瞳には
哀しげな影が映っている様に見えた

少年はそっと少女に手を差し伸べた
少女は薄く微笑んで涙を一粒零し
「ありがとう」
と細い声を一声漏らす
父の握る手からそっと右手を離し
手を差し出して少年の手の平に重ねた

すると少女の魂は肉体を離れ
天へと伸ばした手は力なくベッドに落ちた

両親が哀しみに嘆く中
少年は魂となった少女の体を天へと誘なう
少女の手を引き夜空を月に向かって羽ばたく

少年は死神だった
亡くなった者の魂を誘ない
天使や悪魔へ引き渡すのが務め
人間の様々な死に様を見て
務めを果たすことは
少年にとって辛いことだった

こんな幼い少女の魂を
連れて行かねばならない時は特に

少年は少女の顔を見る事も
声をかける事もできなかった

天国の門が見えてきた
そこには一人の天使が待っていた
少年は少女を天使へと引き渡し
天使は少女の手を取って
天国へと羽ばたいていく

少女がこちらを振り返って
にこやかに微笑んだ
「救ってくれてありがとう、月の使いの方。」

少年は心に月明かりの様な
優しい光が心に広がってゆくのを感じた

救われたのは僕のほうだ

閉じゆく天国の門を見つめながら
少年は月の雫の様な涙を流していた


自由詩 死への誘ない Copyright ajisai 2006-08-18 15:14:14
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