先生のおなか
たちばなまこと

最後の煙草は 空に昇るまでおあずけだった
何千本と 香の煙を浴びてから

あなたをおじいちゃんと呼んだことはなくて
先生と
呼んでいた
社長で先生
おなかが出てる
父さんと釣りをしながら 煙草をふかすのが好きだった

私のおなかは 先生みたいに大きくて
飛行機に乗れない
触れたことのない先生の頬に
最後まで触れられない

先生のおなかの中には
小さな穴があった
白い煙の代わりに あかい花を吐いた
花なんて似合いそうにないのにね

父さんは 先生の夢になれなかったけれど
私は少し 先生の現実になれている気がする
裏地も芯地もリボンもボタンも
父さんより詳しくなった
子どもの頃 先生にもらったボタンは
現実と夢のかけら
色違いのボタンを集めて
シャツをいくつも仕立てた

私のおなかは泣けないから
肋骨を強く押し上げている
先生の知らない夏が始まるから
先生のおなかの上に 抱かれてからおいで


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2006.6


自由詩 先生のおなか Copyright たちばなまこと 2006-08-01 18:42:14
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