「街路樹を往く人」
服部 剛
リルケはトルストイの家を訪ねた。
彼の家は、家庭紛争の最中であった。
( 伯爵は、握った杖を叩きつけ・・・
眉を顰めて玄関へと歩いて来るトルストイ。
リルケの肩に手を置いて、
肩を並べた二人は、門を出る。
街路樹のトンネルの中、
葉擦れの唄声と木漏れ日を浴びながら
二人は歩き続けた。
トルストイは熱く語り続け、
リルケは只、黙って頷いていた。
頭の煙突から、
絶え間なく昇る蒸気機関車の煙。
歪なこの世の有り様について、
胸に収まらぬ言葉達は、
炉に燃え盛る炎の内に。
トルストイは立ち止まり、
先ほどまで握り締めていた石の拳を開いて、
風が運ぶ路傍の花の香りを
手の平の上で弄んだ。
それを鼻から吸い込んで、
リルケを見つめると、
瞳を閉じて沈思する詩人は
緑の木々の唄声に耳を澄まし、
風に揺れる葉の隙間から降り注ぐ木漏れ日に
日常から身を隠した神の姿が現れるのを観ていた。
( 無言の言葉は、詩人の魂の皮膜を微かに震わせる。
( 樹木の内側を、ゆっくりと蜜が流れ落ちる。
二人は歩いてゆく、
絶え間なく揺れながら唄う緑の木々の下を。
真っ直ぐに伸びる街路樹のトンネルの向こうに見える、
白い光が満ちる小さい出口の方へ
吸い込まれ、遠ざかる、
二人の背中。
* 丸山薫「緑なる実存」を参考に書きました。