アイルランド—ダブリンの旅情
前田ふむふむ

磨かれたノルマンの尖塔の硝子が、
ケルトのひかりを運び、
古都は、厚き信仰の素性を醸し出す。
北をめざした奥まった海流は、
度重なる落城のかなしみを刻んだ、
鉛の雨をもたらして、
午前の湿潤な高揚を、
黒い水溜りにたきあげている。

ダブリンの空に、
あさくせりだした仄暗い言語の誇りは、
青白い差別の模様をかきあげて、
苦悩の石を詰めこんだ痩せた囲墾地に、
塗されている。

厚い雲が垂れ下がる街角。
うらぶれた辻音楽家は、硬い土を耕し、
紙幣で交換した細い肌を覆う女の夕暮れを、
語りつづけている。

花はいまだ咲かない。

語りは、追憶を沸々とつづける。
祖国の若い盾は、ながき薔薇の立憲の蹂躙を、
はらいのけて、目覚めのふところを滲ませた。
黒い汗のみずうみを、赤く萌える楽園に変えるためにと。

乾いた大地は、雄々しくうなずいて、
場末の酒場から、街外れの僧院から、
うすきみどりをはおり、
自由のこぶしをほころばせて、
自尊の熱を静かに忍ばせている。

駅構内に響く、甲高い汽笛、ざわめき、
ダブリン駅をあとに。
列車は、わたしの溶けてゆく感慨を乗せて、
成熟した内陸の裾野を泳ぎゆく。
花崗岩のしぶき臭いをうえつけて。



(註)黒い水溜り=9世紀半ば頃、リフィー川から攻め上がってきた
ノルマン人ヴァイキングが、ここにあったケルト人の町を破壊して城砦を築き、
これを「黒い水溜り」(Dubh Linn ドゥヴ・リン)と呼んだのが
町の英名の由来とされている


自由詩 アイルランド—ダブリンの旅情 Copyright 前田ふむふむ 2006-06-26 22:16:29
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